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小田原城址公園 その1 [カメラ]

 先日の伯父の葬儀で、親族の写真を撮ったときの話。写した写真をどうやって配るかという話をと母としていたときのことである。父も母も、最近のデジタル写真の技術動向など知らない。紙で焼き増しをするのが当然だと考えている。「最近はデジタルカメラの時代になって、現像が要らないんだよ」と説明した。

 巷にデジタルカメラというものが現れたのはいつごろだったのだろう。例によってウィキペディアで調べたら、1995年にカシオが出した25万画素のものが最初だったようだ。出たばかりのデジカメの印象は非常によく覚えている。印画紙にプリントされた絵は、デジタルのギザギザがひどくて、とても見られたものではなかった。こんなもの、よく使うなあと思っていた。しかし、いつの間にか、コンパクトデジカメで1000万画素を超えたものが普通に売られるようになり、何の問題もなくなった。かく言う私も、今ではすっかり愛用している。

 テレビで、デジカメプリントのCMをよく見るが、僕はデジタル写真は紙に印刷するよりも液晶ディスプレイに写すのが一番綺麗だと思う。だから、父と母にデジカメとデジタルフォトフレームをプレゼントすることにした。デジカメは少しくらい型の古いものでもいいから安いものを、と思って探したら、PENTAXのM50というタイプが16800円で売っていた。光学5倍ズームがついて800万画素。十分だ。フォトフレームは手札プリントよりも少し大きなサイズで19800円也。

 このカメラのテストを兼ねて、本日9月23日秋分の日、小田原城址公園に遊びに行った。小田原城は、藤沢に住んでいればすぐ近くである。以前一度行ったことがあったような気がするが、そのときのことが完全に記憶から抜けている。だから、実質、今回が初めてのようなものである。以下は、M50で撮影したもの。

外堀↓
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石段を登ると・・・↓
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赤い橋があり・・・↓
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さらに昇ると、あったあった。小田原城の天守閣。↓
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ちなみに城址公園では、インド象のウメ子が飼育されている。ここでズームを使ってみた。

まずは標準倍率↓
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中間倍率↓
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最高の5倍↓
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 以前持っていた古いデジカメはデジタルズームだった。これは画像処理でズームインするので、モロに画像が荒くなっていた。その点、光学ズームは全く劣化しない。感動した。なんだか、お城よりも象の方が収穫があったな。

ローライ35 [カメラ]

 面白いカメラを見つけた。こんな面白いカメラ見たこと無い。ドイツのローライ35。

 小さい。発表されたのが1966年だそうで、このころ、コンパクトカメラでこれほど小さいのは無かったそうだ。35mmフィルムのフルサイズなのに、オリンパスのハーフサイズカメラ(1枚の写真にフィルムを通常の半分の幅だけ使うタイプ)のPENシリーズよりも小さい。大きさの比較のためにジッポーのライターを置いてみた。

 絞りもシャッター速度もピントも全てマニュアルだ。しかも、ピント合わせがなんと目測! レンズのところに3mとか6mとか、∞とかマークがついていて、被写体までの距離も目測して、だいたいこのくらいだな、と言う感じで合わせる。

 一眼レフじゃないカメラのことをレンジファインダーカメラというものだと思っていたが、そうではないことを最近知ってしまった。レンジファインダーというのは、三角測量を応用した距離計がついていて、これがレンズと連動してピントをあわせるようになっている。ところが、ローライ35のファインダーはレンジファインダーではなく、単なるファインダー、のぞき窓だ。言うなれば、「写ルンです」についているファインダーと同じなのだ。

 これが意外によく写るから、なおさら面白い。やっぱりレンズがいいんだろうね。先日気晴らしに丹沢に昇ったときの写真を載せてみる。真ん中にポッカリと富士山の頂上が浮いているのがわかるだろうか。

 よく調べてみると、このカメラにはいくつかのバリエーションがあることがわかった。レンズはカールツアイスを使っているが、これがテッサーのタイプとゾナーのタイプ。露出計が針式のタイプとLED式のタイプ。初期のドイツ製のタイプと、シンガポール工場製のタイプ。その後のコストダウンモデル。こういうバリエーションをひとつひとつ集めているコレクターまでいるらしい。なんだか気持ちがわかるなあ。


CONTAX T2の修理 [カメラ]

 かつて愛用していたCONTAXのT2。ちょっと動きがおかしくなっていたので、修理をすることにした。修理ったって特別高度なことをしたわけではない。スイッチをONしたときに、前面のレンズカバーがスライドして、奥からレンズが出てくるが、このレンズカバーの動きが悪くなって、レンズが出てこないようになってしまったのだ。

 埃が詰まってレンズカバーの動きが悪くなっているのかと思って、ボディカバーをあけてみた。そしたら、埃なんかどこにもない。原因はボディカバーのゆがみだった。このゆがみがレンズカバーの動きを制約していたのだった。これって、T2の弱点かもしれない。

 かくしてレンズカバーの動きは良くなった。こうなってみると、また使ってみたくなるから、不思議なもの。


IXYで横浜散策 [カメラ]

 96年にキャノンから発売されたIXYのシリーズ。初めて見たときはその小ささに衝撃を受けた。しかし、当時は、すでにCONTAX T2を愛用していたので、買うことは無かった。

 この機種はAPS(アドバンスト フォト システム)フィルムという、普通の35mmフィルムより一回り小さいカセット形のフィルムを使うカメラで、小型化はしやすくなる。でも当時は、ちょうどカメラがフィルムからデジタルに移行する時期だった。結局デジタルがどんどん進歩して普及していき、APSというのはほとんど普及しないまま終わってしまったようだ。今ではこのIXYより小さいデジカメは別段珍しくもなんともない。

 APSフィルムは、コンビニで今でも売っている。しかし、今のご時世、フィルムを使う人自体が減っているし、こだわってフィルムを使う人だって、普通の35mmフィルムを使う人が多いだろう。

 先日、あるカメラのネットショップで、このカメラが出品されているのを見た。初期型に60周年記念の金メッキをした特別モデルで、30000円也。(発売当時は80000円もしたらしい) このカメラを初めて見たときの衝撃が懐かしく蘇ってきた。「欲しいっ」と思った。

 たまたま今月の「日本カメラ」(2007年11月号)に、「テーマ別カメラコレクションのススメ」という特集記事が載っていて、そこに「APSシリーズ」という項目があり、面白いことが書いてあった。
APSシリーズを集める三箇条
[壱] 明日フィルム供給がストップしても可笑しくないと覚悟せよ
[弐] 1990年代とはどんな時代だったかを示す機体を選ぶべし
[参] 写真が撮れぬカメラでも、それを愛し続けられるかを自問せよ
 一週間悩んだ末、購入を決意した。このIXYは、僕の中で、三箇条に合致したのだった。

 さて、台風が急ぎ足で通りすぎ、明けた日曜日27日、よく晴れたので、IXYのテスト撮影に行くことにした。今回選んだのは、横浜の動物園「ズーラシア」。しかし、行ってみたら、動物たちはみんなやる気なし。象は遠くの方でずっとお尻を向けている。オランウータンは向こうを向いて寝ている。トラも向こうを向いて寝ている。とてもじゃないが良い動物写真など撮れそうもない。「こら、お前ら、やる気あんのか」と聞いても「ねえよ」と言われて終わりのような雰囲気。

 そりゃそうだ。こういう動物たちは夜行性が多いのだ。お昼過ぎなんて、さぞかし眠さはピークなんじゃないだろうか。しかも、本来森や草原で過ごしているはずだったのに、いきなり捕獲されて連行され、オリの中に入れられて、それだけで迷惑しているのに、そのうえ気まぐれカメラマンの僕のためにポーズをとる義理などない。僕には苦情を言う資格などないのだ。そういうわけで残念ながら、動物写真は一枚もなし。仕方ないので山下公園で海の景色を撮ってきた。

 上に掲載した写真は、横浜で買ったハロウィン仕様の「ステラおばさんのクッキー」、それと今回のIXY。


MXで鎌倉散策 [カメラ]

 9月以来、長いこと仕事の嵐で、プラモデルに触っていなかったら、頭の中がいつの間にか「カメラモード」に切り替わっていた。普段、家に帰ると、寝る前にちょっとだけ、パソコンでネットをのぞく。そのときに、クラシックカメラのサイトを見る習慣ができてしまったのだ。

 自分もクラシックカメラファンだ。久しぶりに、MXを取り出して空シャッターを切ったら、ミラーが上がりっぱなしで動かなくなってしまった。特に低速シャッターが調子悪い。何度も空シャッターを切っているうちに治ってしまったが、機械っていうのは、使い続ければ壊れるし、使っていなければ、それなりに調子が悪くなる。こういう生き物みたいなところが、魅力でもあったりする。

 先日、後輩のS君とこんな話をした。「自分は昔の一眼レフをいくつも持っているが、写真を撮るよりもカメラをいじっているのが好きで、いざ写真となると、一体何を撮ってよいやらわからないんだよ」と言うと、S君は「ひぐらしさん、それは『何を撮ってよいのかわからない』のではなくて、『何も撮りたくない』ってことですよ」と言った。爆笑してしまった。正にその通りなのだ。「自分が何をしたらよいのかわからない」と言って、仕事も勉強もせずにブラブラしている怠け者と、言っていることが同じである。

 とは言うものの、やっぱりカメラをもっているならば、使ってみたい。写真を撮れないカメラなんて置物と同じである。やっぱり写真を撮りたくなるのだ。ところが何を撮ってよいやら・・・。え~い。こんなどうどうめぐりをしていても仕方がない。手っ取り早いところで、鎌倉の散策でもやってみようと思い立った。今週末は、やっと土曜と日曜両方休みがとれたのだ。

 家を出て、まず目についたのが、近所の家の庭の花。綺麗な赤い花が咲いていた。庭にいた初老の奥さんに「これ写真撮らせてください」というと、「そんなの写真に撮るほどのものじゃありませんよ」と言って笑った。「ゼラニウムっていう花です」と教えてくれた。ふ~ん。これがゼラニウムか。太田裕美の「恋人たちの100の偽り」という歌の歌詞に出てきたっけ。でも実際に認識したのは初めてだった。普段歩いている道も、こういう歩き方をすると、見えなかったものが見えてくる。

 電車で北鎌倉まで行き、「明月院」というお寺に行った。ここは別名「あじさい寺」と呼ばれているところで、初夏の頃に行くと庭中があじさいだらけ。観光客だらけ。今はそういうシーズンではないので、静かだった。それから、鶴岡八幡宮の横を通り過ぎて、小町通りで昼食をとり、長谷の大仏へ。この辺は、観光客で一杯だった。あちこちで写真を取りまくり、バスで藤沢に出て帰宅した。秋の日差しが大変気持ち良かった。出かけてよかった。

 上の写真は、今日一日働いたMXと、小町通りで買ったふくろうの張子の貯金箱。

 家に帰ってフィルムを巻き上げているときに気づいた。ぎょえ~~。ASAの感度設定を間違えてる! ASA100のフィルムなのに、前に使った400の設定のまま撮影していた。こういう失敗をするってのは、結局、使い慣れていないってことなんだよなあ。あ~あ。まあいいか。とにかく明日現像に出そう。


GWを過ごす(6) ネガフィルムからデジタル写真を作る [カメラ]

 前回の記事で、昔のネガからデジタル写真を作ったいきさつを紹介したが、これ、ハマると面白い。この方法は実は、何かの雑誌の記事で読んだことがあったもの。きちんとやるならば、フィルムスキャナを使うところなのだろうけど、それなりのものを買おうとすると5万円くらいの出費を覚悟しないといけない。でも、これがなくてもデジカメで同じことがそこそこできる。そのやり方を紹介したい。

★必要なもの
1. ライトボックス フィルムの裏から光を通すためのもの。
2. デジカメ マクロ撮影ができるもの。フィルムが画面いっぱいに写ればそれでよい。
3. フォトレタッチのソフト。Adobe Photoshopなど。

★手順
1. フィルムをデジカメで撮影しパソコンにデータを取り込む。(下の例は昔、旅行で行った金閣寺)

2. フォトレタッチソフトで階調を反転する。このとき、カラーバランスが青みかかっているようだ。

3. フォトレタッチソフトでカラーバランスを調整する。

 なお、私はフィルムスキャナをもっていないので、こちらのすごさは知らない。ただ、いずれにせよ、どちらも透過光をレンズで結像させて、CCDで読み込むという点においては同じであると思う。簡易的な方法ではあるが、もとのフィルムのピントがシャープで、デジカメのピントがシャープであれば、フィルムの歪みにさえ気をつければ、かなり細かい写真が得られるようだ。昔の写真を手軽にデジタル化したい人には是非お勧めしたい。


デジタル写真と銀塩写真 [カメラ]

 「日本カメラ」とか、「アサヒカメラ」とかという雑誌は、写真愛好家の読む雑誌だけど、ウィキペディアによると、これらの雑誌は写真そのものに比べて、写真機材に関する記事が多いのが特徴なのだそうだ。つまり、日本の写真愛好家はカメラ愛好家でもあるということだ。これは私も、かなり納得のいく話だ。

 先日(3月の中旬のこと)、 あるカメラ屋さんのネットショップを見ていたら、PENTAXのMXのシルバーを売っていたので、衝動買いしてしまった。28mmのレンズも併せて買った。

 カメラというのは、写真を撮るための道具だから、手にすれば写真を撮りたくなるのは当然の成り行き。根っからのインドア人間の私が、春分の日、珍しく散歩に出ることにした。モチーフは「江ノ電」。関東以外の人のために書いてみると、江ノ電というのは、藤沢~江ノ島~鎌倉をつなぐ私鉄で、「江ノ島電鉄」を短く縮めて「江ノ電」という名前で親しまれている。短い路線で、電車も小さく、普通の住宅のすぐ脇をすり抜けるように走り、途中で、ちょっとだけ路面電車になり、海岸線を走り、という風にいろいろなシーンに遭遇することができる。

 36枚撮りのフィルムを全部撮り、現像に出してみた。下の写真は、自分では楽しみにしていたもの。(プリントした写真をさらにデジカメで写すアホらしさは見逃してくれ~)ちなみにこの写真は50mmの標準レンズで映したものだ。

 「鎌倉高校前」の駅で、江ノ島をバックにとった江ノ電。さぞかし良い絵がとれているだろうな、と思っていたが、さにあらず。逆光で肝心の江ノ電は暗くなってしまった。しかも、現場では見えなかった電柱がしっかり写りこんでいる。写って欲しいものが写ってくれない。写って欲しくないものが写りこむ。自分が思い描いた絵とのあまりのギャップに、すごいショックを受けた。そして、深~く考えこんでしまった。このデジタルカメラ全盛の折、あえて銀塩写真を撮る意味を。

 デジタルと銀塩では、プロに言わせれば表現の性質が異なるのだという。しかし私の場合、そういうレベルの話ではない。銀塩は、もっとベーシックな段階、つまり修行段階で写真に必要なものを教えてくれそうな気がする。デジタルに比べて銀塩はシャッターを押すことの意味が重い。シャッターを一回押すたびにコストが発生する。しかも成果を確認するまでに、時間がかかる。時間とお金を無駄にはできない。だからこそ、一回一回の撮影に対して真剣になる。構図を考え、光の量や向きを考え、一回一回、慎重にシャッターを押す。それでも上手く撮影できなかったとき、さらに原因を真剣に考える。それを繰り返せば、きっと上達するだろう。これから、デジタル写真と銀塩写真を使い分けようと思う。

 な~んて、いろいろ考えてはみたものの、結局、MXを使うための口実が欲しいだけだったりして。何しろ初恋のカメラなもんで。(^_^;; (MXちゃん、また散歩に行こうね♪)


ライカのレプリカ [カメラ]

 先日の欧州出張の帰りに機内販売で、おもちゃを買ったことを書いたが、実は、もうひとつ欲しいものがあった。それは、ドイツのMINOXという会社の出しているデジタルカメラ。しかもこれがライカのミニレプリカときている。ただ、199ユーロ(約3万円)という値段は、即断するには大きかった。

 しかし日本に帰っても、これが頭から離れないので、ネットの通販で買ってしまった。税込みで35800円也。一緒に写した100円玉と比較すると大きさがわかると思う。

 さて、写してみたら、これが結構、写りが悪い。なんだこりゃあと思った。(笑) 面白いことに、写真の出来栄え以外の部分は結構本格的なのだ。デジタルカメラらしく、後ろに液晶スクリーンがあり、光量不足のときは、手ぶれマークがでたりする。SDカードも使える。日本語や簡体中国語まで、各種言語に対応。しかも、おまけに別売りのストロボまであるらしい。

 これだけ小型のカメラで、かなり軽い。これで日本のデジタルカメラに匹敵するような性能がでていたら、35800円ではとても買えるものではないだろう。

 これって洒落なんだと思う。「写りが悪い」なんて苦情を言うのは洒落のわからない人なんだ。「ははは、洒落だよ、洒落。」と笑うドイツ人エンジニアの顔が目に浮かぶ。

 写りは悪いけど、さほど悪い気はしなかった。これを見ていると、思わずいじって、写してみたい衝動にかられるからね。 要は所有欲を満たせるかどうか。それだけの問題だと思う。(^o^)

 カメラって不思議なものだ。


カメラの思い出2 ミノルタX-7 [カメラ]

 Fさんとカメラのことで盛り上がっていたとき、当時憧れていたカメラがまだあることを思い出した。ミノルタのX-7。このカメラは、カメラそのものよりもCMの方が有名なカメラだ。中古屋さんで買ってしまった。(笑) レンズ付きで15800円也。

 1980年発売。大学生時代の宮崎美子がコマーシャルに出ていた。「今の君はぴかぴかに光って~ あきれ返るほど素敵~」という歌をバックに、宮崎美子が木陰でTシャツを脱ぎ、Gパンを脱いでビキニの水着姿になる。その瞬間をカメラで撮影。ところどころで絵が止まり、撮影していることを表現している。そして撮られた宮崎美子が照れ笑いしたり、睨んだような表情をしたり。最後に「ミーノールーター エックス、 セ、ブン~~」という綺麗にハモる男性コーラス。とにかく印象に残るCMで、宮崎美子も抜群にかわいく撮れていた。下記のURLに動画が保存されている。(捜してくれたFOXCOさん感謝)
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0

 このCMで、宮崎美子は一躍有名になって女優デビューし、ミノルタX-7は馬鹿売れしたという。CMの威力というのはすごいものだ。

 カメラ屋さんによると、X-7はたくさん売れたので、中古市場でも、結構台数はあり、値段もそんなに高くない。カメラとしては、そんなに特徴のあるものではないが、使いやすいことは確か。ただ、最近カメラメーカーとしてのミノルタブランドが無くなってしまって、それ以来、ミノルタの中古が入荷すると、売れるのが早いのだそうだ。だんだん入手しにくくなってくるのだろう。

 当時憧れたカメラが、今、安い値段で手に入ることが嬉しい。カメラの歴史上の名機を求めて蒐集するつもりはないが、自分自身にとって思い出に残っているものは、手元に残しておきたいな、などと思ったりする。


MEの修理 [カメラ]

(続き)
 さて。やがてデジカメの時代になり、フィルム式カメラの役割も終わったかのような気がしていたが、Fさんのコレクションを見て、かつて夢中になった一眼レフをまた触ってみたくなり、引き出しの奥から出してみた。すると、MEはボタン電池が液漏れを起こして、金属部品に緑青が多少出ていた。しかも、シャッターを何度か切ったら、開いたまま閉じなくなってしまった。(MXは無事)

 さあ大変。こういうものを修理に出すと、何万円も取られる。30年位前のカメラだから、たぶんメーカーにも修理できる人なんかいないはず。(カメラは、長いこと使う愛好家がいるので、特に古いカメラは、その筋の修理の専門家がいて、あまりにも古くてメーカーが手に負えないものは、こういう修理屋さんに回されるのだそうだ)

 結局、イチかバチかで自分でやってみることにした。だいたい原因はわかっている。フィルムの巻上げのときに押すボタンが戻らなくなってしまったのだ。だから、下のカバーを開けて、戻らなくなっている原因(たぶん腐食で、滑らないといけないところが、滑らずにひっかかっている)を取り除いてやればよい。下の写真の矢印の部分が巻き上げボタン。

 小ねじを外し、下のカバーをあけると、途端に、シャッターが戻った。つまり原因は簡単で、カバーの、このボタンが覗く穴の直径が、腐食で小さくなっていて、ボタンと摩擦を起こしていたのだった。
 下の写真、一眼レフのフィルムの巻上げのメカニズムが見える。こういうもの、普通の人は滅多に見る機会がないと思う。カメラのメカニズムって、すごいものだ。

 カバーの穴をルーターのゴム砥石で研磨して、緑青を落とした。電池の液漏れのせいで、内部の腐食がかなりひどく、白い粉が発生していたので、これを丁寧に取り除いた。組み上げて、シャッターを切ると、何回かに一度、ひっかかりでシャッターが押せなくなったりしたが、何度も切っているうちに馴染んできて、、調子よく動くようになった。メカっていうのは、長いこと休ませたらだめで、たまには動かしてやらないとダメなんだということを改めて思った。

 それにしても・・・。このカメラ、すでにクラシックカメラの域に居るものだけど、いじっていると時間を忘れてしまう。カメラの愛好家は、実際に写真を撮っている時間よりも、空シャッターを切っているときの時間の方が長いのだそうだ。僕も実際そうで、いつまでもいじっていたくなる。こういう気持ち、最近買ったデジタル一眼レフでは起らない。

 この差は一体何か。結局、自分の操作に対して、「生きた」レスポンスを感じるかどうかの差なのではないだろうか。シャッターボタンを押したときのミラーの跳ね上がる「バシャ」っという音。巻き上げの音。持ったときの重量感。触ったときの金属の感触。機械というものに命はないが、そこにあたかも命があるように錯覚して、自分のパートナーとして、いとおしく感じる。自分が操作をして、それに対する応答がある。これは一種のコミュニケーションなのだろう。高度に自動化されたカメラは、こちらから働きかけなくても、すべてカメラがやってのける。そこでは人間と機械のコミュニケーションは希薄だ。なんだか寂しいような気もする。