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M君の作った立体星図 [天文]

 以前、天文少年時代の思い出を書いた。今でも好きではあるが、天体の観望よりもその道具である望遠鏡の方に興味が移っている。少し前に天体望遠鏡の極軸ファインダーの設計に関する話を書いていたのだが、途絶えてしまった。なぜかというと、そこから先は実験をしないと、なかなか書きにくいからである。

 そんな事情もあって、今年の2月から望遠鏡の設計を始め、少しずつ部品が揃いつつある。ただ、それを報告出来るレベルまで行っていない。まず部品を設計し、それを加工屋さんに発注する。発注から納品までは通常2週間くらいかかる。これを少しずつ進め、三脚の下の方から少しずつ積み上げて、今、赤道儀が乗る直前のところまで来た。何しろ時間がかかる。でも報告できるレベルまで、あともう少しである。

 前置きはこのくらいにして本題に移ろう。会社の後輩のM君の話である。彼とは2009年に一緒に富士山に登った。このときの記録はこのブログにも書いた。山頂の山小屋でゲロを「吐かなかった」方の後輩である。

 彼は入社したときの自己紹介で、「ボランティアでプラネタリウムの運営に携わっています」と言った。今まで僕の人生の中で、天文ファンに巡り合ったこと自体が少なかったが、プラネタリウムの運営をやっている人に出会ったのは全く初めてだった。僕の作っている望遠鏡の話を面白がって聞いてくれる数少ない理解者の一人である。

 思うに、彼は僕と同じ種類のエンジニアではないかと思う。つまり現象を数式で表現するのが大好きなのである。その一方で、数式なんかにこだわりがなく、大学で習ったことなんか役に立たない、と割り切って実務に励む人もいる。まあ全員が学者では困るわけで、気配りや交通整理の上手な人だって必要。結局どちらのタイプもそれなりに成果を出すわけだから、世の中うまく行ってるっちゃあ行ってるわけだが。(注1) いずれにしてもM君には、単に同じ天文ファンであるというだけではない、何か、心の深いところに共通性というか、僕と同じ”マニアの匂い”を感じるのである。

 先日M君から、「最近、立体星図ってのを作ったんですよ」という話を聞いた。彼が活動している「柏プラネタリウム研究会」の催し物の展示物で、恒星を、位置データを元にして立体的にレイアウトし、地球側から見ると星座の形にちゃんと見えるようにしたのだという。まるでハインラインのSF小説「銀河市民」に出てきたGalactic View(立体銀河図)ではないか。見に行ってみようかな、と言うと、「柏インフォメーションセンターのサイトに写真が載ってます。あまり期待されると困りますけど、こういうものでよければ見て下さい」とやけに遠慮がちに言った。

 7月18日の土曜日、3連休の初日に出掛けてみることにした。まず秋葉原に行き、ジャンクの掘り出し物探しとモーター制御用のICを購入。それから常磐線にのって柏まで行き、柏インフォメーションセンター(柏市の行政センターらしきところの隣にある)に行ってみた。そしたら、あったあった。M君の力作が。

 野球場のような扇形の宇宙空間に、地球から見てさそり座、いて座の方向が見えている。200光年、400光年、600光年の距離に線が引いてあり、これより近い距離にある星が立体的に配置してある。外宇宙から見てランダムに見える星が、地球から見ると、ちゃんとさそり座のS字カーブに並んでいるのが確認できるようになっている。しかもさそりの心臓のところにあるアンタレスが赤いLEDで光っている。(もっとも展示場所が明る過ぎたせいでLEDが光っているのがわかりにくかった。これは残念)

 子供たちにわかりやすいように、とM君が頑張って作っているところを想像して笑ってしまった。いや、馬鹿にしているわけではない。僕は、こういう作業に熱中できることが非常に理解できるのである。共感したときの嬉しい笑いである。

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 次回やるときの改善案。今回の展示場所は明るすぎて、光らせても認識できない。次回やるときは、もう少し暗い場所に置くか、カバーをつけるかして暗くした方がよい。星の絶対等級により、球体の大きさを決めたそうだが、見易さを考えると、あまり大きさを持たせずに小さめにした方がよさそう。また光らせるのは、光ファイバー(釣り用のナイロン糸で代用可能)を使うのはどうだろう。さそり座の星だけを光らせると、目立ってわかりやすいのではないだろうか。
 

 全天恒星図と配置を見比べながら、さそり座だけ距離を調べてみた。(これであってるのかな?) 実際に調べてみたら、それぞれの星の遠近の差が実感できて面白かった。本物の宇宙の正確なスケールと、この模型で実際に見える星座の形状との兼ね合いで、M君がだいぶ苦労した様子が読み取れた。

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***
(注1)
 現象を数式で表すことができれば、その現象の未来を予測することができる。例えば高いところからものを落としたとき、10秒後(未来)のスピードはいくらになっているかは微分方程式を解けば計算できる。それができなければ、いちいち実測しなければならない。
 機械の動作を数式で表すのは、機械工学を学んだ人にとっては専門分野であるが、専門外の人ならば当然ハンデを背負うことになる。実際、大学の専攻と現在の仕事がぴったり一致している人もいれば、していない人もいるのだ。
 しかし、大学というところは、専門的なことを学ぶ場でもあるのと同時に、頭の使い方を学ぶ場でもある。これがあるから専門外のことも、何とかこなすことができる。「大学で勉強したことなんか社会に出たら役に立たないよ」なんて言う人がいるが、そんなことはない。頭の使い方をみんなそれなりに、ちゃんと学んでいるのである。

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極軸ファインダー設計ノート(4) [天文]

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このシリーズでは、天体望遠鏡の赤道儀式架台の極軸合わせに用いる、いわゆる「極軸ファインダー」の設計方法を考えています。
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(前回からの続き)
 自分の目の前、15~18㎝の位置に「像」ができるということは、その位置に「物」があるのと全く同じ状態である。それを図を使って、もう少しわかりやすく説明してみる。
 下の図はこのシリーズの(1)で掲載した図3の再掲である。

F3.jpg

【物の場合】
 AOBの3点は、物を代表する3点である。それぞれの点から光が放射される。物の場合、光は1点を起点としてあらゆる方向へ(四方八方へ)放射される。従って、その点はあらゆる方向から見ることができる。

【像の場合】
 A’O’B’の3点は、それぞれがAOBに対応した点であるが、これらの点が、あたかも物の一点のように光を放射している。ただし像の場合、光は左から右へしか放射されないから、右側からしか見ることができない。

 というわけなので、物と像の違いは、光があらゆる方向に進むか、一方向にだけ進むかという違いだけである。像は触ることはできないが、目にとってはそこに物があるのと同じ現象が起こっているということである。

 これで疑問は晴れた。前回の一般論と2つの疑問をもう一度書いてみよう。

■一般論
 「対物レンズの焦点距離のところに紙を置けば、そこに像が結ばれているのが見える。この紙をすりガラスに置き換えてみると、像は対物レンズの反対側からも見える。その像を、もう一つの接眼レンズで拡大すれば、大きく見える。その後、そのすりガラスを取り去ってしまえば、さらによく見える」

【ひぐらしの疑問1】
 すりガラスを置けばたしかに像は見えるだろう。それを虫眼鏡で拡大すれば、それも大きく見えるだろう。ここまではわかる。では、その状態から、すりガラスの位置を焦点距離からわずかにずれたところにずらしたらどうなるのか。すりガラスに映るのはピンボケ画像のはずである。ならば、虫眼鏡で拡大するのは、ピンボケ画像になってしまうのか。
【疑問1の答え】
 光路にすりガラスを置けば、光が散乱して見えなくなる。それはすりガラス越しにものを見ようとしても見えなくなるのと同じである。ただし、すりガラスを焦点に置いたときは、すりガラスのすぐ裏に物が来たのと同様になるから、かろうじて見えることは見えるだろう。(すりガラスの譬えはあまりよろしくないことがわかったので、これ以上は追及しない)

【ひぐらしの疑問2】
 すりガラスを置いて像が見えるようになるのは、すりガラスに光を散乱させる働きがあるからであろう。それならば、すりガラスを取り除いてしまったら、光が散乱しなくなるから何も見えなくなってしまうのではないだろうか。
【疑問2の答え】
 すりガラスが光を散乱するのは事実で、その場合あらゆる方向から見えるようになるだろう。すりガラスを取ると光の散乱はなくなる。だからあらゆる方向から見えるということはなくなる。しかし、左から右へ進む光だけは無くならないから右からだけは見える。

***
 次回は、実際の北極星の天球上の座標を考慮して、実際に照準を設計してみる。
(つづく)



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極軸ファインダー設計ノート(3) [天文]

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このシリーズでは、天体望遠鏡の赤道儀式架台の極軸合わせに用いる、いわゆる「極軸ファインダー」の設計方法を考えています。
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(前回からの続き)
 以下は、本でよく見かける、望遠鏡の仕組みの一般論である。

「対物レンズの焦点距離のところに紙を置けば、そこに像が結ばれているのが見える。この紙をすりガラスに置き換えてみると、像は対物レンズの反対側からも見える。その像を虫めがねで拡大すれば、大きく見える。その後、そのすりガラスを取り去ってしまえば、さらによく見える」・・・(一般論)

 下の図で、焦点距離のところに結んだ木の像は、そのままフィルムに焼き付ければフィルムカメラになるし、撮像素子で記録すればデジカメになる。ではフィルムや撮像素子の代わりにすりガラスを置いて、それを図の右側から見てみようという話である。

01.jpg

 たしかに、木の像は見えるだろう。それを虫めがねで拡大すれば、それも大きく見えるだろう。ここまではわかる。では、その状態から、すりガラスの位置を焦点距離からわずかにずれたところにずらしたらどうなるのか。すりガラスに映るのはピンボケ画像のはずである。ならば、虫めがねで拡大するのは、ピンボケ画像になってしまうのか。(ひぐらしの疑問1)

 上記の一般論にはもうひとつ奇妙に思えるところがある。すりガラスを置いて像が見えるようになるのは、すりガラスに光を散乱させる働きがあるからであろう。それならば、すりガラスを取り除いてしまったら、光が散乱しなくなるから何も見えなくなってしまうのではないだろうか。(ひぐらしの疑問2)

 つまり上記の一般論では、すりガラスは便宜上、仮に導入した概念であり、「それを取り除いても同じである」という結論を導きたいのに、これら2つの疑問が解決できないので、議論が落としたいところに落ちないのである。そういうわけで、僕は、この説明にはどうしても納得がいかなかった。しかし、だからと言って他の説明ができるわけでもなく、ここからずっと先に進めなかったのである。

***
 僕が今読んでいる「屈折望遠鏡光学入門」という本に、面白いことが書いてあった。

 「天体望遠鏡は接眼レンズがなくても、対物レンズだけで望遠鏡になる。ためしに覗いてみよう」というもの。これが、上記の疑問の解消に結びつくかどうかは定かではなかったが、簡単にできることなので、とにかくやってみることにした。

 僕のマンションの南側の数百m先に大きな病院があり、その建物の壁に緑十字のマークがある。
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 これに望遠鏡を向けてみた。すると、たしかに接眼レンズをつけないのに、望遠鏡の奥に緑十字がはっきり見える。ためしに自分のかけているメガネをとってみると一層よく見える。そこで、「あれ?」と思った。僕の目はもともとド近眼なのだが、最近では老眼が混じってしまい、目のピントは15㎝~18㎝という非常に狭い範囲でしか合わないのである。要するに、僕の目で「見える」ということは、15㎝~18㎝の位置に実物があることと同じ現象が起こっているのだ。

 だとしたら、その像と同じ位置に何かを置いたら、一緒にピントが合って見えるということではないか。ためしに定規を置いてみた。下はこれを写真に写したもの。緑十字が望遠鏡のレンズの向こうにはっきり見えている。定規の目盛もはっきり見えている。この写真はマクロレンズを使用して撮影しているからピントの範囲は非常に狭い。同時にピントが合っていることが、緑十字の像と定規が、ぴったり同じ位置にあることの証明である。(緑十字と定規以外のものはすべてピンボケである)
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 ためしに、この緑十字をこの天体望遠鏡で直焦点撮影して、十字の部分のピクセル数を調べたら517 [pixel] だった。これを長さに換算すると2.59㎜になった。上の写真で緑十字と定規の大きさを比較すると、だいたい2.5㎜くらいになっていて一致している。
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(つづく)


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極軸ファインダー設計ノート(2) [天文]

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このシリーズでは、天体望遠鏡の赤道儀式架台の極軸合わせに用いる、いわゆる「極軸ファインダー」の設計方法を考えています。
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 「直焦点アダプターと月の写真」(注1)という記事で、タイトルのまんま、自作した直焦点アダプターを使って撮影した月の写真を載せた。直焦点というのは、対物レンズが作った像を、他の光学系を通さずにそのままフィルムや撮像素子の上に結像させて、それを写真にするものである。

(注1)「直焦点アダプターと月の写真」は下記URL
http://shonankit.blog.so-net.ne.jp/2013-02-23

 さて前の記事で、対物レンズの作る像のサイズを計算する式を導いた。
A’B’ = fα   ・・・(1)
この式を先日撮影した月の写真に適用してみる。月の視直径は0.5°だからこれをラジアンに変換すると、
α=0.5×π/180  ・・・(2)
天体望遠鏡の対物レンズの焦点距離は
f = 700 [mm]    ・・・(3)
(2)(3)を(1)に代入して
A’B’ = fα=700×0.5×π/180=6.11 [mm] ・・・(4)

 (4)の結果が果たして正しいのかどうかは、直焦点撮影だから簡単に検証できる。昔だったらフィルムに直接定規を当てて、写っている月の直径を測定したと思うが、今はデジタル写真だから、ピクセル数を数えて長さに換算すればいいのだ。

 撮影した月の写真をフォトショップで加工して、横幅を月の直径に合わせてみる。この状態でピクセル数を数えてみると、横幅は1242 [pixel] になっている。
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 僕の愛用の一眼レフ(PENTAX K-7)の撮像素子(イメージセンサ)のサイズは、
横×縦 = 4672×3104 [pixel] = 23.4×15.6 [㎜]
つまり横幅で言うと、4672 [pixel] が23.4 [㎜] に相当するから、
(月の像の直径)=1242 / 4672×23.4=6.25 [mm] ・・・(5)

 どうだろう。(4)と(5)を比較したら、だいたい同じではないか。やったね。理論値と実測値が合致すると無上の喜びを感じてしまうのは、エンジニアの性である。

 ところで・・・。だからどうしたというのだろう。自分の目標は極軸ファインダーの照準器を設計することである。光がレンズに入射して結像するまでの現象は解けた。でもそこから先がわからない。一体どういう現象で人間の目に像が届いているのだろう。

 先日入手した「屈折望遠鏡光学入門」という本を読んでいたら、ちょっとしたヒントがあった。「天体望遠鏡は対物レンズだけでも望遠鏡になる」と書かれている。この時点では、まさかこれがブレークスルーにつながるとは思っていなかったのだが、まあとにかく何でもいいからやってみようと思った。ただ筒を覗きこめばいいのだから。さあ何が見えるか。

(つづく)
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極軸ファインダー設計ノート(1) [天文]

 先の記事に書いたように、望遠鏡の光学系を勉強中。目的は、赤道儀の極軸ファインダーを設計することにある。だから設計に必要な情報が揃った時点で目標達成ということになる。光学系の勉強は、初めてなので、目標達成にはまだ少し時間がかかりそうだが、いろいろと考え事をして、曲がりなりにもわかったことがあるので、それを発表したいと思う。なにぶん独学だから、もしかしたら間違ったことを書くかも知れないが、間違いに気づいたら、その都度訂正していく予定。

 まず初回は、子供の頃に誰でもやった、太陽の光をレンズで集めて紙を焦がす遊びの光学的な意味である。
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■図1
 凸レンズを真ん中に置き、その左側にある1点Oから光が放射される。放射とは、この点自体が発光していてもよいし、外から来た光を散乱していてもよい。いずれにせよ、それが人間の視覚に届いて「見える」ということになる。見えるものは、すべて光を放射している。
 凸レンズの中心をZとする。Oから四方八方に広がっていく光のうちの一部は凸レンズに入り、右側に通り抜けるときに屈折して点O’に集まる。
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■図2 
 図1では、レンズに入らない光まで作図したが、これを省略すると図2のような図になる。つまりレンズに入る光だけを視覚的に意味のある光と考える。
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■図3
 点Oの上下の近傍に二つの点A、Bを考える。ただしOA=OB。これらから出た光はレンズを通過してA’、B’に集まる。このときAZA’とBZB’は直線である。つまりレンズの中心を通る光は屈折しないように作図している。図中の角AZB(=A’ZB’)をαとする。このαは点A、Bの位置がどれだけ離れているかを示す角度であり、これが追々、物体の大きさとしての意味をもつ。今、αの大きさは極めて小さいものとする。(この条件を付けないとO’、A’、B’が同一平面上に並ばず面倒なことになるため)
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■図4
 αを一定の大きさに保ったまま、O、A、Bの距離をレンズから離していくとO’、A’、B’の位置はレンズ側にずれてくる。距離が無限大になったときは、レンズに入射する光は事実上の平行光線になる。このとき距離ZO’をこのレンズの焦点距離と呼び、fで表す。天体望遠鏡を考えるときは、物体の距離は常に無限大と考えてよい。
F4.jpg

■図5
 図4でレンズの中心を通る光線だけを抽出し、あとは省略すると、図5のようになる。つまり、角度αのサイズの物体(天体)は、レンズの焦点距離の位置に、サイズA’B’のサイズの像を結ぶということである。
F5.jpg

***
 さて、図5を使って、最初の写真の太陽の像のサイズを計算してみる。
tan(α/2)=O'A’/f ・・・(1)
が成り立つ。またαが非常に小さいときは、
tan(α/2)=α/2 ・・・(2)
と近似できるので、(1)は
α/2=O'A’/f ・・・(3)
と書き換えられる。
O'A’= fα/2 = A'B'/2 すなわち
A'B' = fα・・・(4)

 太陽の視直径は約0.53°だから、これをラジアンに変換して
α=0.53×π/180  ・・・(5) (πは円周率)
また写真の虫めがねの焦点距離は実測で約100㎜だった。
f=100 ・・・(6)
(5)(6)を(4)に代入すると、
A’B’=0.92 ・・・(7)
これが太陽の像の直径(㎜)となる。

 写真で紙の上に結んでいる太陽の像は直径5㎜位に見えるが、これは写真撮影の巧拙の問題である。(左手で虫眼鏡をもって、右手でカメラを持って撮影しているので、ジャストフォーカスの位置でなかなか固定できない)
 焦点が合ったときの像は目測でだいたい直径1~2 ㎜くらいに見えたので、(7)の計算結果は概ね合っていると思われる。

 次回は先日撮った月の写真を使って、もう少し精度の高い検証をしてみる。

(つづく)
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昔の天文ガイド ~Fさんに感謝~ [天文]

 今年の1月から2月にかけて、「僕が天文少年だった頃」というシリーズものの記事を書いたところ、そのうちの1つに、横浜市在住のFさんという人から「昔の天文ガイドを創刊号から約30年分もっているので、もしよかったら差し上げます」というコメントをいただいた。2つ目のコメント(後日消去)にメールアドレスが書かれていた。

 
 すごい話だと思ったが、正直なところ最初は迷った。ブログに書いた通り、僕は過去の3年分(1975年、1976年、1977年)を購入したが、それは思い出探しのためだった。質問コーナーに自分の投稿した質問が採用されたのを探したかったという、ただそれだけのことである。1977年の9月号にそれを見つけた時点で目的は達成し、それ以上は不要になったのだった。

 いろいろ考えた。きちんと考え方を決めておかなければ文字通り宝の持ち腐れになってしまう。すぐに思い浮かんだのは今設計している望遠鏡の資料探しである。それからもうひとつ気づいた。この雑誌を創刊号から見ていくことによって、日本のアマチュア天文家が昔からどんなことをしてきたのかという、一種の文化史のようなものが見えてくるのではないか。これを調べてみるのは面白いかも知れない。

 もらうことに決め、Fさんに「ありがたくいただきます」とメールを送った。僕は車を持っていないので友人の車を借りてFさんの自宅まで行こうかと思っていたが、「実家から車のトランクに積んで持って来て、積んだままになっているからそのままそちらに運ぶ」と言ってくれた。

 5月12日の日曜日、約束通りFさんは僕の家まで車を運転して来てくれた。運び込まれた30年分の天文ガイドは、1年12冊を積んで1年ごとに並べると、ざっと二畳分に相当する量だった。見ず知らずの僕によくぞこれだけのものをくれたものだと感謝の気持ちでいっぱいである。Fさんには部屋に入ってもらい、懐かしい話で盛り上がった。
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 御年59歳。今年50歳になった僕よりも9歳年上である。天文に興味を持ったのは小学生の頃にプラネタリウムに行ったのがきっかけだった。当時、アストロ光学の6㎝屈折赤道儀と、15㎝反射赤道儀をもっていた。もともとFさんのお父さんが、子供と一緒に、そういうことを楽しむ人だったらしい。高校時代、大学時代ともに天文同好会に所属して活動した。

 天文ガイドは1965年7月に創刊された。このときFさんは11歳。購入し始めたのはその年の秋からで、それより古いものはバックナンバーとして入手した。以来1995年まで30年に渡って購読したという。今回、実家に積み上げてあったものを「処分せよ」と言われて、車のトランクに入れて持って帰ってきたが、置き場に困っていた。

 思い入れのある本だけに、ゴミとして処分するには忍びない。神田の古本屋に相談してみると、「一応引き取って店頭に置いてみるが、売れなければ廃棄する」と言われた。それで、ネットで「昔の天文ガイド」などのキーワードで検索したら、僕のブログがたまたまヒットしたので連絡をくれたのだと言う。ちなみに僕に断られたら、僕が例の3年分を購入した店を聞こうと思っていたそうである。

 Fさんは、僕が天文に興味をもった12歳の頃に21歳である。あの頃、天文ガイドの記事の、同好会便りとか学校便りなどで大人の活動を垣間見ていた。その年代の人は憧憬の対象だったのだ。あの頃、近所にこんな兄貴がいたらよかったなあ・・・と思うが、実際には落語に出てくる与太郎みたいなのばかりだった。

 少々話が反れるが、本当にいた与太郎を2人紹介する。僕が望遠鏡で月を見ていたら、近所の運送屋の四男(推定年齢25歳:当時)が来て、「俺にもちょっと覗かせてくれよ」と言う。月を見てその人が一言。
「へえ。これカラーだったらもっといいな」
「(テレビか!)」  (心の突っ込み)
月が白く見えて背景の夜空が黒く見えるので、白黒画像だと思ったらしい。
しばらくすると、その人の奥さんが来て、やっぱり望遠鏡を覗いて一言。
「へえ。あれが地球かい?」
「(お前、今どこにおんねん!)」 (心の突っ込み)
こちらはもっとツワモノで、自分が地球に住んでいることを理解していないようだ。全く笑えない天然ボケを2連発でかまされ、全身の力が抜けた。(夫婦としては相性バツグンだけど)

 閑話休題。Fさんの当時の愛機は、屈折も反射も両方とも赤道儀だった。実は僕はかねてから、赤道儀を実際に使ったことのある人に対して聞いてみたいことがあったのだ。それは「極軸ファインダーがついていない赤道儀はどうやって極軸を合わせるのか、合っていないと何が起こるのか」ということである。何しろ、自分の周囲に天文ファンがいなかったので、疑問が生じても聞くことができなかったのである。現在、自分が赤道儀を作ろうとしているので、余計に関心がある。

 答えは「精密に合わせなくても、だいたい合わせておけば赤経軸だけの操作で追尾はできる。ずれてきたときは赤緯軸をちょっと動かして微調整していた」とのことだった。想像してそうかも知れないとは思っていたが、とにかく想像や机上の空論では「たぶん、そうだろう」の「たぶん」が取れない。実際に使った人の話を聞いてみてようやく確信できた。これは大きな収穫だった。

 上記は、たくさんした話のうちのほんの一部で、他にも技術的な貴重な話を聞かせていただいた。ここに書くには細かすぎる内容なので割愛するが、追い追い、別の機会に書くことになると思う。下の写真は1965年7月の創刊号。
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 (Fさん、ありがとうございました。いただいた天文ガイドは、これからじっくり読ませていただきます)
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天体望遠鏡の設計の話 [天文]

 以前の記事にも書いたが、僕が天文ファンだった中学生時代(36年ほど前)、アマチュア天文家が天体望遠鏡を自作することは珍しいことではなく、むしろ普通のことだった。月刊誌の「天文ガイド」には、自作用のパーツメーカーの広告がたくさん出ていたし、自分の自作機を自慢するコーナーや、天体望遠鏡自作相談室という質問解説コーナー(注1)もあった。最近の天文ガイドを見たかぎりこのような記事は無くなっているようだ。

 当時、僕も自作を考えていた。市販の高価な望遠鏡はとても買えないが、自作であればなんとかなるような気がしたのだ。しかし現実は甘くはなかった。完成品であろうが、自作であろうが、大なり小なりお金がかかる。やはり中学生には無理だった。

 それからずいぶん月日が流れたが、今年の正月に昔の天体望遠鏡をレストアしたのをきっかけに眠っていた情熱にふたたび火がついた。やっぱり天体望遠鏡を作ってみたい。ちょっと真面目に取り組んでみようと思った。それも、いかにもアマチュアが作るようなものではなく、まるでメーカーが作ったような「えっ。これ自分で作ったの?」と驚かれるような本格的なやつを作ってみたい。

 まずはコンセプト作りである。「そもそも自分は何を観たいのか」というところからつらつら考えてみるに、やっぱり星雲・星団である。つまり中学生時代に手も足も出なかったものを観たり、写真を撮ったりしたいのである。ということは、対物レンズはφ8cmくらい、焦点距離は50cm位の短焦点の屈折式がいい。それから写真を撮るなら赤道儀式架台がどうしても必要だ。

 ただ、鏡筒はとりあえず6㎝の屈折を持っているので、こっちは後回しでいい。・・・というわけで赤道儀式架台の設計から取り掛かることにした。今年の2月の建国記念日の3連休あたりからA3の方眼紙にせっせと線を引いて、だいたい形が決まってきたが、2か月たったところで、行き詰まってしまった。どうしても設計できないところがあるのである。

 自分は大学で機械工学を専攻し、就職して以来ずっと機械設計のエンジニアとしてそれなりの経験を積んでいる。「こういう設計をするとどういうことがおこるか」ということは、経験をつめばある程度は予測できる。例えば、回転軸があって、それをギアの組み合わせで回転させるとか、梁の強度を計算あるいは直観で予測するとか、どこにどんな材料(鋼材、ジュラルミン、プラスチック・・・)を使うとか、ある場所のねじのサイズをいくつにするとか、なんてことはず~~と仕事でやってきた。

 だからそれなりに設計はできるだろうと思っていたが、実際に図面を描いてみた結果、天体望遠鏡の設計においては、自分に全く経験が無くて設計できない、あるいは結果が予測できない分野が2つあることに気付いてしまった。

 まず1つ目が光学系である。単純な望遠鏡ではない。具体的に言うなら赤道儀式架台の極軸合わせに使う望遠鏡の中に、北極星と天の北極の位置関係が簡単にわかる照準器を付けたいのだ。赤道儀の主軸(極軸)は天の北極に向けなければならないが、天の北極のドンピシャの位置には目印になるような星がない。しかし偶然にも、そのすぐ近く、わずか1度しか離れていないところに北極星(2等星)がある。だから極軸の中心に望遠鏡を付けて、その視野に北極星を入れ、そこになんらかの目印をつけてそれを手掛かりにして天の北極を中心にもってくることができるようにしたいのである。こういうのは、いわゆる「極軸ファインダー」と言うもので、昔から市販の高級機にはついている。しかしどう設計したらよいやらわからない。光学系を勉強したことが全くないのである。

 2つ目はモーター。天体写真を撮影する場合、暗い天体を狙う場合は露出を長くとる必要がある。その場合、カメラを固定していると、被写体が日周運動のために流れてしまう。もちろんわざと流れた写真を撮る場合もあるが、それしか撮れないのでは困る。だから赤道儀式架台にカメラを載せて、これを恒星時に合わせて回転させ、長時間露出でも星が流れないようにする。そのためのモータードライブを作りたい。しかもとびきり消費電力の低いのを作りたいのだ。しかしコイルにどのくらいの電流を流したときにどのくらいの磁力が発生するかというのがまるで見当がつかない。僕はいままでの仕事で磁気を応用した機器を設計したことが一度もないのである。(注3)

 というわけで勉強しなければ夢が叶わないことがわかってしまった。それでひとまず光学系の本を買ってみた。「天文アマチュアのための屈折望遠鏡光学入門」というもの。下の写真である。表紙をよく見ると、レンズ系の組み合わせと光路の絵が描いてあるのが見えると思う。こういう系のどの位置にどんなサイズの照準器をつけたら、星と一緒に自分の目にピントが合い、なおかつ北極星と天の北極の位置関係を明確にできるのか、を知りたいのである。

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 この本、難しすぎて、読み始めるとすぐに眠くなる。こういう本に出会ったのは久しぶりである。もっと簡単な本がないものかと思って探してみたが、この分野はどうもこれ以外に手頃なものが見つからない。(注2)まずはこれを根性出して通読してみようと思っている。果たして理解して読み通せるのかどうか定かではないが、チャレンジすることはいいことだ。このたびは決意表明まで(笑)

***
(注1)「僕が天文少年だった頃(5)」(下記URL)を参照。
http://shonankit.blog.so-net.ne.jp/2013-02-02-1

(注2)望遠鏡の「使い方」を解説している本はたくさんあるが、光学系の解説となると素人向けの入門書はあまりない。専門書っぽいものはあるが結構高くて、この本よりずっと難しそうに見える。本が少ないというのは、要するに光学系を設計してみようというアマチュアがあまりいないということなのだろう。まあ普通の望遠鏡であれば対物レンズと接眼レンズをまっすぐに並べればよく、距離も現物合わせでなんとかなりそうだ。つまり、さほど深く学ぶ必要はないということで、アマチュア向けの解説書が少ないのかも知れない。

(注3)子供の頃、釘にエナメル線をぐるぐる巻いて電磁石を作ったことがあったっけ。クリップか何かをくっつけて喜んでいたけど、あのときは、電池に直接つないでいたから、電流は垂れ流しで、流れたい放題流れていたはず。
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直焦点アダプターと月の写真 [天文]

 先日の記事で、昔の天文ガイドを買って思い出探しをしたことを書いたが、ついでに面白いものを見つけてしまった。1976年12月号で、木星はおうし座にいるとの記事があった。木星はちょうど今(2013年2月)、おうし座にいる。木星の公転周期は約12年。1976年12月から約36年前が経過し、あの当時から木星は3回ほど公転して、またおうし座の方向に戻ってきていることになる。

 天体の運行は規則的だからなんら不思議なことではないけれども、自分がふたたび天文に熱を上げたときに木星の位置が同じというのは何か不思議な縁を感じる。しかも僕は生年月日ではおうし座の人間である。こんなときに人は星と自分の運命を関連づけてみたくなるのかもしれない。

***
 さて、昔やり残した天体望遠鏡の製作と天体写真をやりたくて、今いろいろと考えている。あまり計画的に進めるのもしんどいので、できるところから手をつけようと思い、まず手始めに天体望遠鏡に一眼レフカメラを結合する直焦点アダプターを作ってみた。これで撮影した月の写真を載せる。
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撮影データ: 
ひぐらし(神奈川県藤沢市) 2013年2月16 日 20h 37m
PENTAX K-7 ボディ  6㎝屈経(カートン製) f700mm 直焦点
露出 1/100 ISO 800

 少し引き延ばすとこうなる。↓
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 実を言うと、思ったよりも貧相な写真しか撮れず、正直ガッカリしている。ただし僕の腕というよりも機材の悪さに起因する部分が相当ありそうで、改良の余地は十分にある。

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 作った直焦点アダプターをちょっと紹介する。部品は下の写真の通り。黒いプラスチックの部品はPENTAXの一眼レフのレンズマウント(Kマウント)部に取り付けるボディカバー。光沢のある部品は、自分で図面を引いて、知り合いの加工屋さんで作ってもらったもの。
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 ボディカバーに穴明け(手加工)をして・・・
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 組み立てたのが下の写真。
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 これで愛用の一眼レフPENTAX K-7と望遠鏡をつなげたのが下の写真。最初の月の写真はこれで撮影している。(内側を艶消しの黒で塗っておけばよかったかな)
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 実は昔やりたかったのは下の写真のようにPENTAX MXと望遠鏡をつなぐことだった。ただデジタルカメラの時代にフィルムカメラで天体写真を撮るだけの根性はないから、こちらは結合が出来ただけで満足することにした。(これだって夢だったんだから)
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 こういう工作をしていると、「こういうのはもしかしたら市販されているのではないか」という疑問が、ついつい頭をかすめるが、今の場合こういうことはあえて考えないことにする。なぜかというと自分で仕様を考えて作った機材が、ちゃんと機能することが楽しいのである。しかもそれは、昔やりたくても出来なかった「青春の忘れもの」でもある。忘れものを取り戻すためには買ってきただけでは駄目なのである。
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僕が天文少年だった頃(6) [天文]

【天文学への招待(河出書房新社)】 ~さあこれから何をしようか~

 昨年の12月に熱を出して病院でインフルエンザの検査を受けたときのことである。会計の待合室で懐かしい本を見つけた。河出書房新社の「天文学への招待」(村山定男・藤井旭著)。内容は天文学の概論である。中学生時代に本屋で立ち読みをしていた本だった。買わなかった理由は単純に経済的なものである。当時は欲しいものがありすぎて、この本は、優先度が低かったのだ。
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 これも古本で取り寄せてみた。後でわかった話であるが、この本もあかね書房の「科学のアルバム」と同様、現役で版を重ねて刊行中らしい。こちらもやはり40年選手の良書であり、中学生のひぐらし少年が本屋で夢中になって立ち読みしただけのことはある。

 星の世界の話を、万遍なく語ってくれる。繰り返すが非常によい本で、天文学に興味がある人の入門用にはもちろん、すでに天文にハマっている人にも知識の整理になる。中でも僕が一番印象的に感じたのは、天文学の起こりのところだった。

 大昔の人々が天体観測をするようになった理由は暦を作るためだった。昔の人にとって、暦は春夏秋冬の四季であるとか、雨季と乾季の入れ替わりといった、周期的に繰り返す自然現象を予測するために必要なものだった。暦があれば、いつ種を蒔き、いつ収穫するなどといった生活に密着したイベントの時期を決定できるようになる。暦作りは為政者にとって重要な仕事だった。

 季節の移り変わりは地球が公転軌道のどの位置にあるかで決定する。星や太陽を観測すれば、地球の位置がわかる。大昔の人は、天動説を信じていたくらいだから、地球が太陽の周りを回っていることは知らなかったが、自然の周期が天体の運行と関係があることは経験的に知っていた。

 確かにそうだよな、と思う。今日が何年何月何日であるということは、今や世界中の共通認識になっているが、暦が無い時代だってあったのだ。自分が大昔の日本列島に新しい国家を作って帝になったとする。そして下々の民のために暦を作ろうと思い立ったら、一体何を基準にして作ろうとするか。おそらく、こんな話になるのではないか。下記は僕の想像である。

 まず、星の日周運動を観測して、天球上の星の動かない位置(現在の言葉でいうなら”天の北極”)を定める。この方向を北とし、その正反対の方向を南とする。そうすれば東と西は自然と決まる。

 太陽が昇って真南に来る(南中する)時刻を正午とする。この時刻を基準にして、翌日の正午までの時間を1日の長さと定める。これを24等分した時間を1時間とし、それをさらに60等分した時間を1分とする。(毎日太陽が南中したら山のお寺の鐘を鳴らして民に知らせるサービスなんかしたりして)

 毎日の太陽の高度を測定し、高度のもっとも高くなる日を夏至、もっとも低くなる日を冬至と定める。その中間を春分、秋分とする。ある年の夏至の日から、次の夏至の日までの時間を1年と定める。1年の中にある日数を調べると365日であることがわかる。ただし、ぴったり365日ではなく、4年に一回1日足さなければならないことは、運用している間に経験的にわかってくる。

 一年の間に星をずっと観測していれば、深夜0時に南中する星が少しずつ動いていき、1年たつとまた同じ星が来ることがわかってくる。このような観測事実を少しずつ積み上げて暦の精度は次第に上がっていく。ざっとこんな感じではなかろうか・・・。おそらく暦作りというのは、大昔の人々にとっては最先端の科学で、それに従事する人は選ばれたトップエリートだったのではないかと思う。

***
 病院の待合室でこの本を見つけ、懐かしくて古本屋で取り寄せ、このことがきっかけになって、他の本も取り寄せ、望遠鏡のレストアをやり、今回の一連のシリーズ記事を書いたというわけである。

 思い出に浸るのは楽しい。しかし同時に、昔やり残したことがたくさんあることに気付いてしまうものだ。良く言えば情熱が燻っている。悪く言えば煩悩の炎がまだ燃えている。煩悩だろうが情熱だろうがどっちでもいい。自分は今、やりたいことが山ほどある中で、天文関係では何をしたいのかを考えてみた。

 天文のプロの仕事は「観測」して「発見」すること。これに対しアマの楽しみは「観望」である。星を見て「きれいだな~」と感動する。ときにはそれを写真に撮ったりする。いい写真が撮れて満足する。次はあっちを狙ってみようか・・・。そういう意味では観光旅行やハイキングと本質は変わらない。対象が宇宙になっただけである。(プロ顔負けのことをする人もたまにはいるが、あくまでも例外)まずはこれが大前提となる。

 目的が天体の観望や写真撮影ならば、そのための機材が必要で、望遠鏡は機材の中の一つである。やっぱり自分の嗜好から考えて、望遠鏡作りと写真撮影に走るだろうなと思う。これを昔からやりたかったのだ。ちゃんとした望遠鏡とカメラがあれば、もっともっといろいろことが出来たはずなのだ。

 ああ、これで人生の楽しみが、また一つ増えてしまった(笑)。

(おわり)
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僕が天文少年だった頃(5) [天文]

 【月刊「天文ガイド」】  ~自作望遠鏡への憧れ~

 次は月刊「天文ガイド」。この本にも思い出があるのだが、昔買ったものは手元には一冊も残っていないのでネットで検索したところ、埼玉のある店で古いものの在庫が1972年くらいから揃っていることがわかった。そこで1975年12冊、1976年12冊、1977年12冊の順に買って、その思い出を探すことにした。

 1976年の6月号。これが初めて買った号だった。覚えているのはこの年の3月にウエスト彗星が地球に接近し、6月号で「ウエスト彗星特集」という特集記事を組んでいたのである。読者の天体写真の力作がたくさん掲載されていて、すごいなあと感心し、暇さえあればこの6月号を眺めていた。
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 1977年9月号。今の天文ガイドの事情は不明だが、当時は「天体望遠鏡自作相談室」というコーナーがあった。自分の望遠鏡に不足を感じていたし、だからといって市販品を買う経済力も無く、親にねだっても無理だとわかっていた。そんな事情から自作の道に興味を覚え、構想を練った。そのときに沸いた疑問を投稿してみたら、これが1977年の9月号に採用された。下の写真がそれである。
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 今思えば恥ずかしい質問をしている。回答者がちょっと冷たいのも理解できる。ただ、まあ、この当時は疑問が解決したことよりも、掲載されたことに喜びを感じていた。

 さて実際に自作をしたかというと現実には無理だった。第一に、自作とは言え天体望遠鏡である。小学生の夏休みの工作とは違うのだ。ちゃんとしたものを作ろうと思えば、それなりにお金がかかる。第二に、当時住んでいたアパートは狭くて、そんな工作の作業はできないし、たとえ出来たとしても2台目の望遠鏡をおけるようなスペースはなかった。どうにもならなかったのである。(今だったらできるじゃないか!)

 昔の天文ガイドを読んで気づくのは、ところどころに記憶のある記事があって、そのほとんどが読者の投稿だということである。まあそうだろう。天文現象の専門的な解説記事は有益ではあっても、特定の記事が30年も人の記憶に残るようなことは少ないと思う。一方、読者の投稿には人間的な表情があり温かみがあった。覚えているのはそういう理由だろうと思う。

 あの当時は、文通を希望する人が多く、自分の住所や電話番号といった個人情報を雑誌に公開することが普通に行われていた。今ではこんなことは考えられない。昔はITが発達していなかったからこれを悪用する環境がなかったのである。そういう意味でいい時代だった。

 僕も「私の愛機」というコーナーに自作機を発表していた人のうちの、興味をもった人に手紙を出し、自作の様子を聞いた。丁寧な返事をもらって非常に嬉しかったのを覚えている。自分の周囲に、同好の仲間がいなかったので、雑誌を媒体にして仲間を求めていたのだと思う。

(つづく)


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