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ラジオにまつわる思い出話(2) [ラヂオ]

(つづき)
 さて、宝の山に来てしまったひぐらし少年は、目をキラキラと輝かせながら、店のおじさんに声をかけた。「すいません。鉱石検波器ってありますか」 するとおじさんは答えた。「今は鉱石検波器って無いんだよ。ゲルマニウムダイオードを使ってもらってる」 このときは、この「ゲルマニウムダイオード」という言葉の意味が全くわからなかったが、何しろ代わりに使えるなら、それはそれで収穫である。「じゃあ、それ下さい」 おじさんは、引き出しから、一本の細長い部品を取り出して、皿の上に置いた。

 「それから、コンデンサってありますか」 するとおじさんは答えた。「はい。何ピコくらいかな」 何ピコ? また新しい言葉が出てきたぞ。僕が「わかりません」というと、「そう言われても、ここにあるの、全部コンデンサだよ」と言って棚を指差した。どうやら、コンデンサという一つの商品があるのではなく、何かサイズのようなものがあって、それを指定しないと買えないらしい。図書室にあった本には、コンデンサとしか書いてなかったのだ。

 おじさんは面倒くさくなったらしく、僕が本からメモしてきた回路図を覗き込んだ。
ゲルマラジオの回路図.jpg

すると、「ああ、要するにゲルマラジオだね」と言って、必要な部品を揃えてくれた。アンテナとの結合コンデンサ100pF、バーアンテナ、バリコン、ダイオード、出力段の抵抗500kΩ、それから、イヤホン。短い時間だったけど、非常に刺激を受けた。

 さて、喜び勇んで家に帰り、わくわくしながら部品を半田付けして組んでみた。結果は? ・・・・ラジオは鳴らなかった。ああ、がっかり。今にして思う。ゲルマラジオというのは、アンテナをきちんと張らないと鳴らないのだ。電池を使わないのだから、電波のエネルギーだけでイヤホンを鳴らす。だから、よほど、要領よく電波を受けないと動作してくれないのである。僕がつけたアンテナはリード線を1mくらい出しただけ。それを家の中でちょっと高く掲げただけ。あれで鳴るわけがない。

 実を言うと、ゲルマラジオを鳴らすには、裏技のような方法がある。家庭用のAC100Vのコンセントの片方にゲルマラジオのアンテナ端子を突っ込んでしまうのである。そうすると、その先には送電線が繋がっているから、これがアンテナの代わりをしてくれる。この方法により、このゲルマラジオはかすかに鳴った。しかし僕は、あくまでも本の中で解説してあるように、アンテナを自分で張って受信したかったのである。ただ、現実には、それをやろうとすると、ある程度の広いスペースや高い棹が必要で、そういうものを建てるのは、子供一人の力で出来るようなことではなかった。

 初心者向けの電子工作の本には、必ずゲルマラジオが載っているが、今の僕が考えるに、これは、初心者や何も知らない子供がやるような簡単なものではないと思う。これは「やってはいけない」という意味ではない。「難し過ぎて楽しめない」のである。仮に鳴ったとしてもそれは運が良かったか、または偶然であって、鳴るべくして鳴ったものではない。回路が単純でコストが安いということは、必ずしも技術的に簡単であることを意味しない。その証拠に、その後、しばらくしてから取り組んだ1石のトランジスタラジオは、何も知らなくても、ちゃんと鳴ってくれた。僕が今までに組んだ回路で動作しなかったのは、このゲルマラジオだけだったのである。

 わかりやすい喩えをするなら、エンジンのついた飛行機で空を飛ぶことと、エンジンのないグライダーで空を飛ぶことの違いに似ているように思う。エンジンのついた飛行機は、風なんか無くたって昇降舵を上げてエンジンを吹かせば離陸する。しかし、グライダーは風をきちんと読まないと離陸もできないし、浮いていることもできない。

 トランジスタのような増幅素子をもったラジオは、アンテナが拾った微弱な電波を、まるで拡声器のように、でっかく増幅してくれる。しかし、ゲルマラジオは増幅素子をもたないから、アンテナでいかに電波をうまく捉えるかが、鳴るか鳴らないかを左右する。ゲルマラジオを鳴らそうとする人にとっての電波は、グライダーを操縦する人にとっての風と同じくらい大切で、かつ難しい、読みの経験が必要なものなのではないだろうか。当時の僕には、電波に関する知識など全くなかったし、それをキャッチする技術ももちろん無かった。

 ・・・なんてね。まあ、この比喩が適切かどうはさておき、この経験以後、僕は電子工作にのめり込み、回路の意味はよくわからないまま、とにかく部品を半田付けするとブザーだのサイレンだのイルミネーションだのと、いろいろなものが出来上がるのが楽しくて楽しくて、隣町のS電子部品商会に足しげく通うことになった。そして、店の人との会話を通して、いろいろと勉強させてもらった。やがて、この店は僕が中学生の頃に千葉市内に移転し、高校生の頃に無くなってしまった。これもやはり時代の流れだったのかも知れない。しかし、この店から僕が得た刺激は大きかった。

 その後、高校生の頃の物理で、静電気や電流の初歩を学び、大学(専攻は機械工学)の教養課程でさらに、電磁気学や回路理論を学び、昔わからないまま組んでいた回路の意味が、だんだんわかるようになってきた。会社に入ってからは機械設計のエンジニアになり、電気の専門家にはならなかったが、その後も電子工作は結構好きで、たまに関係する本を読んだりしている。会社の仲間の中にも、「昔はラジオ少年」が結構見つかるもので、彼らと勉強会をやったりもした。回路の動作が数式できちんと記述でき、これを使って、回路定数を自分で計算して決定する(回路を自分で設計する)快感を味わった。

 前の記事に書いた通り、今回、久しぶりにラジオを作って思った。あの少年時代、初めて作って鳴らなかったゲルマラジオを何とか鳴らすことは出来ないものか・・・。 あのとき鳴らなかった悔しさが、心の中で満たされないまま、大きな穴になって、そのまま残っていることに気づいてしまったのである。今の自分の知識と技術をもってすれば、35年前の忘れ物を取り戻すことができるのではないか。そんな気がしてならない。

 ただ、これは今すぐにこのブログで成果発表は出来ないな、とも思う。そんなに簡単ではないと思うから。ゲルマラジオで関東のAM6局、すべて手製のアンテナで受信できたときに、この夢は実現する。それが出来たら、次は鉱石ラジオかな。(笑)
(おわり)
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ラジオにまつわる思い出話(1) [ラヂオ]

 最近ではあまり流行らないようだが、僕が子供の頃は、電子工作に夢中になる少年が少なからずいた。そういう少年たちは昔を振り返って「俺は昔ラジオ少年だったんだよ」なんて言う。この場合のラジオというのは、放送を聴くためのいわゆる「ラジオ」という機器を指しているのではなくて、「電子工作」の意味なのだが、その対象がラジオになることが多かったので、そのように表現するのである。

 秋葉原には、「○○ラジオ」「ラジオデパート」など、「ラジオ」という名前の店がたくさんある。同様に「○○無線」という店もかなり多い。戦後の復興の中から、秋葉原という電気街が出来た頃は、無線通信技術が時代の最先端技術だった。そしてラジオとはそれを象徴するものだったのである。ちょうど今の情報技術(IT)とコンピュータの関係に似ている。こうした店の名前が、この時代の名残であることは明らかである。

 さて、僕が小学校6年生の頃のことだから、今からもう35年前のことになる。当時、僕の通っていた小学校は、1学年でクラスの数が3クラスだった。しかし、だんだん人口が増えてきて、僕らよりも下の学年から1学年が4クラスに増えた。学校には教室が足らなくなり、やがて新しい建物ができたのだが、それが完成する前の暫定策として、僕らが6年生になったとき、なんと学校の図書室を潰して僕ら6年3組の教室にあてた。もともと図書室だったから教室には本がたくさんある。それまで本など全く読まなかった僕が、本に目覚めたのはこのときである。

 最も興味を引いたのは天文と電気だった。天文の話は別の機会にでもすることにして、今は、電気関係の話に限定する。子供向けの科学の本に、「鉱石ラジオ」というのが載っていて、ごく簡単な回路を組むと、ラジオが聞こえることが書いてある。しかも電池が要らない。すごい! 本当か? 僕は確かめてみたくなり、その本に載っている回路を、部品を買って組んでみようと思い立った。

 コンデンサ、バリコン、鉱石検波器。こういうのってどこに売っているんだろう。街の電気屋さんしか思い浮かばない。家のすぐ近くに「T無線」という小さな電気屋さんがあった。ここは普通の家電屋さんだったが、豆電球とか電池とかも売ってたから、工作をするときによく行く店だった。しかも同級生の女の子の家だった。

 店のおばさんはこの女の子のお母さんで、僕が行くと、やたら愛想が良く、僕をかわいがってくれた。しかし、おじさんの方はやたら無愛想で、いつも「何しに来た」と言いたげな顔をしている。いつも電池や豆電球みたいな、安いものしか買わないからだろうか。いや、それとも「うちの娘に近づくんじゃねえぞ」と威圧していたのだろうか。僕にはその気はなかったんだけど。

 さて、T無線に行ってみたが、その手の部品はなかった。だから、街で一番大きな電気屋さんに行ってみることにした。ここには大手の家電専門店の「朝日無線」があった。(のちの「ラオックス」の前身)しかし、大手とは言え、やはり所詮は家電製品を売る店であって、部品などおいてあるはずはなかった。

 ところが、である。この朝日無線の兄ちゃんが、貴重な情報を提供してくれた。「そういう部品が欲しいなら、S電子部品商会に行けばおいてあるはずだ」という。それはどこにあるのかと聞くと隣町だった。

 隣町は電車でひと駅行ったところである。僕はその町まで一人で行き、商店街のあちこちで、「S電子部品商会はどこか」と聞いて回り、ようやく場所を突き止めた。小学生にしては、結構な行動力だったと思う。思い立ったら一人で突っ走る現在の性格は、この頃すでに形成されていたようだ。

 その店に行ってみた。小さな店だった。「掘っ立て小屋」という表現がぴったりである。中に入ると、ベークライト(注1)の匂いがプンプンする。狭い店の中に電子部品が所狭しと並んでいる。「すごい!」 初めてみる電子部品の集まりが、まるで宝の山のように見えたのを覚えている。(つづく)


(注1)ベークライト
 熱硬化性プラスチックの一種 。鼻を近づけると、かすかにホルマリンの匂いがする。電子部品の配線のときには、半田付けの熱がかかるが、このプラスチックは熱をかけても溶けないので、昔から配線板に多用されてきた。最近では、ガラスエポキシに変わっている場合が多いが、安価なものは今でもベークライトである。
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ラジオの寄付 [ラヂオ]

 湘南キット研究所の設立目的は、最初は「世の中のありとあらゆるキットを遊び倒そう」というものだった。対象の中には当然、ラジオキットも入っていたし、しいたけの栽培キットだって考えていたのである。しかし、設立の当初から、いきなりプラモデルばかりになり、さらにここ最近はアウトドアに凝りだした。所長の僕でさえ、設立の目的をすっかり忘れていた。それでも、この研究所では所長が務まるのである。(所長しかいないので)

 ところで、この震災に絡む停電騒動を機会に、当研究所始まって以来、初のラジオキットを作ることになった。さらに、それを聴いていたとき、文化放送とニッポン放送が合同で、「東日本大震災被災地にラジオを送ろう」というキャンペーンをやっていることを偶然知った。当研究所は純粋に自己満足の研究所であるが、このようなご時勢なので、所長のひぐらしとしては、たまには、世のため人のためになることをしようと考え、このキャンペーンに参加するべく、ストックしていた6石スーパーラジオ(注1)のキットを組み立てて寄付することにした。

(注1)6石スーパーラジオ
 トランジスタ(増幅素子)を6つ(=6石)使用したラジオ。「スーパー」とはスーパーヘテロダインという回路の形式を省略してそのように呼ぶ。少なくとも「すごいラジオ」という意味ではないので、誤解なきよう。

 このキットは6年前に科学教材社の通販で買ったもの。4月2日、土曜日の日中、組み立てに取り掛かった。
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 細かい部品を心を込めて半田付けして行く。
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 スーパーヘテロダインは配線が終わったあとで調整が必要だ。まず局部発振コイルのコアと、バリコンのトリマを回して選局の目盛りを合わせる。次に中間周波トランスのコアを回して、最大感度を拾い出す。一応、NHK第一、NHK第二、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、ラジオ日本を受信できることを確認。でもラジオ日本は小さかったな。
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 よし。完成!
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 翌日、4月3日、念のため東京の都心で受信状態を確認することにした。場所は皇居。ここなら静かで、車の音はほとんど聞こえない。桜田門の裏側に入って、上記の6局が全て普通に受信できることを確認した。東北に行けば地元の放送を聴くことになるんだろう。でもNHK第一だけは、災害のときの情報源としてかなり重要だよね。高齢者でも楽しめる娯楽番組がたくさんあるし。こういうところは、さすがに国営放送だ。
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 そして浜松町の文化放送本社へ。駅のすぐそばだ。ビルにはあの歌が書いてある。「ぶんかほ~そ~、ぶんかほ~そ~ ジェイオーキューアール!」
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 ドアをあけると、すぐそこにラジオの受付があって、職員が忙しそうに、集まったラジオを梱包していた。(お疲れ様です) 被災者あてのメッセージを書いて、ラジオを手渡した。僕が精魂込めて組み立てたラジオだよ。中古じゃないよ。ただ単に買って来たラジオでもないよ・・・なんて、そこの職員に言ってみたかった。被災者が受け取って、それを聴いて楽しんでいるところを想像して満足する。これってやっぱり自己満足かな。
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 なお、キットは2台あったので、両方作ったが、1台は研究用に手元に置いてある。何を研究するか? それは、ほら、いろいろあるじゃん。受信状態とか。
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ラジオキットで遊ぶ [ラヂオ]

 計画停電の騒ぎは、この所、お休みモードに突入しているが、始まったばかりの頃は、テレビで震災情報が聞けなくなるのが不安で、古いラジオを引っ張りだして聴いていた。昔使っていたラジカセを引っ張りだして来たが、これがデカすぎて、どうも使いにくい。なら、あれを作ってみるか。

 あれというのは、以前、秋葉原で衝動買いしたラジオキットである。デザインが面白くて買ってみたが、いつでも作れると思って放置していた。これ↓
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 組み立ててみた。部品を半田付けすれば、出来てしまうからさほど難しいものではない。でも、こういうの作るのって面白いんだよね。電子工作って昔から大好きだったんだ。配線終了↓。
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 土台に組んでみたら・・・。予想外の形状が出来上がった。なんと後ろ側はむき出しだった。何か騙されたような気分(笑)↓。
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 おぼっちゃまくんに出てきた、「びんぼっちゃま」の家を思い出してしまった。(みんな知らないかな)

 さて、マンションというのは、鉄筋でできているから、基本的に電波が入ってこない。だから、ラジオは窓際でないと聞こえない。しかも、時間帯によって電波の状況が変わるので、ある局が夜は聞こえるのに、昼間は聞こえないということがある。

 なんとかNHK第1、NHK第2、TBS、ニッポン放送、文化放送、ラジオニッポンを捜しだした。TBSラジオは昼間は聞こえるのに、夜は非常に受信しにくい。文化放送は夜も昼もかすかにしか聞こえない。それから、面白いのは、中国の北京放送局の日本語放送が夜になると非常によく聞こえるということである。これは初めて聴いた。
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 文化放送とニッポン放送では、「被災地にラジオを送ろう」というキャンペーンをやっているそうな。ちょっと参加してみるかな。他にもラジオのキットが2つあるのだ。
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