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ひぐらしのルーツ(7) [雑文]

【おまけ】
 吹上橋の跡を取材に行ったときに撮った写真で、興味深いものがあるので、追加で載せておこうと思う。どんだけこの橋にこだわってるんだと言われそうだが、以前は、この橋にさほど愛着があったわけではない。しかしやはり無くなってみるととたんに恋しくなるもので・・・(そういうことってあるよね)

 実は、記念碑の向こう岸、つまり玉前側がどうなっているかを見てみたのだが、五井駅側よりもリアルな痕跡が残っていた。道路のガードレールの外側に、端の入り口の柱(欄干の端の柱)がちゃんと残っていたのである。
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 この柱には、銘板が取り付けられていて、それをはがして、五井駅側の記念碑に移したらしい。
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 柱の間隔がすなわち橋の幅である。歩幅で測ってみたら5歩だった。僕の一歩は70cmだから、5歩なら350cm。記念碑に書かれていた3.4mとほぼ一致した。前の記事でも少し触れたが、僕は昔この橋を渡るたびに車がすれ違うことができるのかどうか心配だった。でも実際に車がすれ違っているのを見たことはない。みんな迂回して上流の養老橋を使っていたのだろうし、五井大橋が出来た後なら、なおさらここを渡る必要がない。

 現在の「道路運送車両法」(と関連の保安基準)の規定では、軽自動車の車幅は、1.48m以内なのだそうで、幅3.4mの橋であれば、余裕は44センチしかない。これは車の間だけでなく、欄干との間も含めて44cmだから、結局、軽自動車同士でギリギリ、普通乗用車なら絶望的である。それに、当時もしも自分が自動車の運転手だったら、すれ違えるかどうかも心配だが、それより橋そのものが崩れ落ちることが心配で渡れなかったと思う。ただ・・・。たしか車両通行止めにはなってなかったと思うんだよなあ・・・。

下の写真は、記念碑の後ろ側から、玉前側を見たもの。向こう側には橋桁の痕跡が残っている。
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