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ラジオにまつわる思い出話(3) [ラヂオ]

 先に書いた記事「ラジオにまつわる思い出話(1)」、「同(2)」で、小学校6年生のとき、ゲルマラジオをきっかけにして電子工作にハマッた話を書いた。これでおしまいの予定だったのだが、ちょっと欲が出てしまい、もうちょっと詳しく書きたくなってしまった。例の、家の近くのT無線で、ラジオキットを売っていたのである。T無線はよく行く店だったから、ラジオに目覚める前も、それを見ていたはずである。にも関わらず、それまで目に留まらなかったのは、そのときは興味がなかったからだろう。

 家電の店でラジオキットを売っているなんていう光景は、最近ではお目にかかることはまずない。そもそも、ラジオを自分で組み立てようという人がいない。今、ラジオキットを買おうと思ったら秋葉原あたりに行かないと手に入らない。でも昔は、そこそこ、やる人がいたんだろうね。僕の記憶では、T無線の、そのショーケースの中には何種類かのトランジスタラジオのキットがディスプレイされていた。(「Ace」というブランドがついていた。このメーカー、まだあるんだろうか)

 ラジオに目覚めてしまったひぐらし少年にとって、このディスプレイは、非常に「目に毒」なものだった。僕は、その後も、何かと買い物があって、T無線に良く通っていた(買うものは、相変わらず電線とか電池とか、そんな安いものばかりだった)が、このショーケースの中のラジオキットが、欲しくて欲しくてたまらず、行くたびに、これをチラ見してはため息をついていた。そして、ついに、お小遣いをはたいて、その一番小さな1石(2石だったかな)のラジオキットを買うことになった。T無線の親父は、僕がいつもより高い買い物をしているというのに、相変わらず無愛想だった。(だからお前の娘なんか狙ってねえっつうの)

 さてさて。喜び勇んで家に帰り、半田ゴテを握り、わくわくしながら組み立てた。完成してスイッチオン。をををををを! 聞こえる聞こえる! すごいすごい! 感動した。なんだろう。自分で設計した回路でもない。その回路を理解して組み立てたわけでもない。ただ単に半田付け作業をしただけなのに、「自分で組み立てたラジオが鳴る」という事実が、ものすごいことのように思えた。あまりの感動に、それからしばらく、ず~~とそのラジオを聴いていた。

 このラジオで聞いた歌謡曲で、忘れられないものがある。ちょうどその当時(1975年)にヒットしていた、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」。この歌は遠距離恋愛をするカップルの手紙のやり取りを歌にしたもので、1番から4番までがちゃんとしたストーリーになっている。4番でついに別れが来る。それまでどんなプレゼントも、(プレゼントよりもあなたと一緒にいたいと言って)喜ばなかった その女性が、最後の手紙に書いた一言と言ったら・・・。

 この歌をフルコーラス聴いたとき、恋愛したこともない小学校6年生の僕が、ジ~~~ンと感動してしまい、しばらく余韻に浸って動けなくなってしまった。そのとき季節は冬で、コタツの中にもぐって聴いていた。赤い光の中で歌詞の内容を何度も反芻した。以後、僕は自分の青春時代の大半を彼女の歌と共に過ごすことになった。今でも、自分で組み立てた小さなラジオと「木綿のハンカチーフ」は思い出のセットになっている。(歌詞は文末に)

 ところでラジオの番組というものは大抵の場合、スタジオの中で、放送する人が1人か、多くて3人くらいで進行する。このへんはテレビと大分事情が違う。音楽を流す場合も生演奏なんかまず無くて、レコードとかCDとか、録音された音源を再生して放送するだけである。映像がないから、テレビに比べて伝送されてくる情報の量は圧倒的に少ない。それにも関わらず、視覚が使えない分、聴覚が冴え、パーソナリティーの話す言葉の一言一言が耳に染み渡り、テレビよりも強く印象に残る。これはラジオのもつ不思議な魅力だと思う。

 近頃では、ラジオの放送が、スマートフォンのような情報端末を使って聴けるようになっているのだという。このサービスのことを「ラジコ」というのだそうだ。「ラジオ」に対して「ラジコ」。かわいいネーミングである。技術の進歩は結構なことだと思う。しかし願わくは、従来からあるラジオ放送は無くさないでいて欲しいと思う。だって、ラジオを自作する楽しみが無くなってしまうではないか。

 技術的な理由としては、「情報伝達の媒体は複数あった方がよい」とか「媒体はできるだけ単純な方がよい」とか、いろいろあるだろうが、僕個人の事情は大部分がノスタルジアであり、昔からあるものを残したいという極めて保守的なものである。アナログ人間にとっては、コンピュータとは中身がわからないまま使うだけの、完全なブラックボックスである。からくりがわからないものはいじれない。いじれないものはつまらない。アナログ人間の楽しみが無くならないことを祈りたい。

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【おまけ】
完璧に記憶している歌詞(笑) 内容のよさもさることながら、起承転結のお手本のような詩だと思う。

木綿のハンカチーフ (松本隆作詞)

恋人よ 僕は旅立つ 東へと向かう列車で
華やいだ街で 君への贈り物 さがす さがすつもりだ
いいえ あなた 私は欲しいものはないのよ
ただ都会の絵の具に染まらないで帰って
染まらないで帰って

恋人よ 半年が過ぎ 会えないが泣かないでくれ
都会で流行りの指輪を贈るよ 君に 君に似合うはずだ
いいえ 星のダイヤも 海に眠る真珠も
きっとあなたのキスほど きらめくはずないもの 
きらめくはずないもの

恋人よ 今も素顔で口紅もつけないままか
見間違うような スーツ着た僕の 写真 写真を見てくれ
いいえ 草に寝転ぶあなたが好きだったの
でも、木枯らしのビル街 体に気をつけてね
体に気をつけてね

恋人よ 君を忘れて変わってく僕を許して
毎日愉快に過ごす街角 僕は 僕は帰れない
あなた 最後のわがまま 贈り物をねだるわ
ねえ 涙ふく木綿の ハンカチーフ下さい
ハンカチーフ下さい
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