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「劔岳<点の記>」を観た [映画]

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 6月20日に封切された、「劔岳<点の記>」。3連休の中日の日曜日7月19日にやっと観た。木村監督は、映画のカメラマンをずっとやっていた人だけあって、映像は素晴らしいの一語に尽きる。壮大な自然の中のちっぽけな存在として人間を小さく写すことで、山と人間のスケールがよく対比でき、山を神として崇めた昔の人の心理が想像できた。これだけの大自然に囲まれて生活していたら、そこに何か霊的なものを感じてもなんら不思議はないだろう。

 剱岳は、立山信仰の一部になっている。映画の中では、立山曼荼羅というものが紹介されており、ここでは剱岳は針の山として描かれている。映画でははっきりと言ってはいなかったように記憶しているが、原作本を斜め読みした限りでは、主人公の柴崎が軍から登頂を命じられた時点で修験者がすでに登っていることがわかっていたという。ただし宗教的な理由から、登山ルートは容易に教えてもらえなかった。柴崎たちは行者から「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」というヒントを貰った。ここから案内人の長次郎が「そのルートはここに違いない」と直感し、ある雪渓から登ることを提案した。この雪渓は彼の功績を讃えて「長次郎谷」と命名され、今でもそう呼ばれている。

 さて、山登りをしている人なら誰でも知っていることだと思うが、急な斜面(だいたい45度を超えるくらいの角度)のところには、たいてい安全用のクサリがつけてある。自然のままでは捕まる場所がなくても、クサリが張ってあれば、これに捕まって登ったり降りたりすることができるようになっているわけだ。要するに事故防止のために、自然に対して敢えて人工的な処置を施してあるということである。

 それにしても「この鎖を最初に付けた人は、どうやってつけたんだろう」と思うような信じられないような場所があるものだ。上州の妙義山に行ったときは、断崖絶壁の連続だった。「この絶壁にクサリ無しで最初に上った人は、一体何者なんだろう」と、何度も思った。

 上野動物園に行った事のある人は、あの猿山を見たことがあると思う。僕が覚えているのは、甥と姪がまだ幼い頃、姉が夏休みに子供達を上野動物園に連れて行くというので、帰省のついでに同行したときのことだ。
 人工的な岩山が作ってあって、猿達がそこで遊んでいる。この山をどうやって登るんだろうと思ってみていたら、一匹の猿が、ごく普通に駆け上がって行った。「ええ?」っと自分の目を疑った。

 あの岩山が登山道であれば、人間はクサリを張っていなければとても登れない。猿の身軽さとは凄いもので、人間がどんなに鍛えても、あんな風にはなれない。しかも、あの足の形。木の枝を掴むこともできる、手みたいな足で、岩をしっかりホールドしている。猿が岩から足を滑らせて滑落するなんて、ほとんど有り得ないんだろうなと思う。

 映画の中で、案内人の長次郎が岩壁を裸足で登るシーンがあって、このシーンを見てようやくわかった。登山道の岩壁に最初にクサリをかける人は、長次郎のような猿並みに優れた運動神経の持ち主なんだ。そうでなければ務まらないだろう。クサリが上から垂れていれば、そこを伝って登ることができる。「誰かが行かねば道はできない」という映画のキャッチフレーズは何事にも当てはまる。最初にそれをやった人は偉大なのである。

 映画を観ていて、「ここ、クサリ張ってくれないと、危なくてしょうがねえな」と、普段の山登りの発想が出てしまって、一人で笑ってしまった。(前人未到なら、クサリが張ってあるわけないよね。それに、クサリを張ってくれる人がいるのは有り難いことで、張っていないからと言って苦情を言う筋合いのものではない)

 さて、柴崎らが1907年に、剱岳山頂に設置した三角点は、四等三角点というものだったというが、100年後の2007年、初登頂100年を記念して三等三角点が設置されたという。このときの標石はヘリコプターで運んだらしい。科学技術が進歩すると、こんなことも容易く出来るわけだが、同時に当時の人の苦労を思わずにはいられない。映画に出てきた明治時代の装備は、今とは比べ物にならないような重そうなテント、足にはトレッキングシューズではなく足袋に草鞋。人足たちの背負う背負子は、木材で組んだ、いかにも重そうなものだった。

 ヘリコプターが出たついでに、航空機の歴史を紐解いてみた。固定翼の方はライト兄弟が世界初の動力飛行に成功したのが1903年 。回転翼(ヘリコプター)ではフランスのポール・コルニュという人が、約2mの高さで20秒間のホバリングに成功したのが1907年だという。固定翼と回転翼は、さほど歴史的な隔たりがない。また柴崎が剣岳に登頂した時代は、ちょうど航空機の開発が始まった時代だったということも興味深い。

 剱岳は、今でも、日本で一番登るのが難しい山だという。山を登るのが「難しい」と言った場合、それは何を意味するのかを考えてみると、要素として挙げられるのは、大体下記ではないかと思う。
  1)表面の凹凸による歩きにくさ(技術)
  2)距離や傾斜による体力の消耗(体力)
  3)クサリ等の補助材の扱いの巧拙(技術)
  4)高さに対する恐怖心(心理)
  5)気温、天候および壁面の氷結など(気象)

 こういうものが様々に複合して、一口に「難しい」ということになる。1)~4)については、十分な訓練が必要だ。5)の天気については、長年の経験がモノを言う世界だろう。つまり剱岳は総合力が要求される山で、経験の浅い初心者が行くべきところではないのだろう。でもいつかは行ってみたい憧れの山だ。何しろドラマを知ると旅は楽しくなるものだ。
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