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井上靖 「氷壁」 [読書]

 今年の初めに、丹沢の大山に登ったことを書いたが、先週4月5日は、2回目の丹沢に登った。場所は、弘法山というところで、まあお花見ハイキングと言ったところ。弘法山そのものは、特別高い山ではないけれども、リーダーが簡単すぎないように途中のコースを考えてくれたおかげで、そこそこの疲労感と達成感を満足できたように思う。実は、前の日に、新しいザックやら、スパッツやらガスコンロなどを買い込み、それなりに装備を充実させて気合を入れて行ったのだった。

 新しい装備を揃えてひとつわかったこと。ちゃんとした装備はそれなりに重い。ということは、ダイエットが必要ということだ。仮に10kgの装備を背負ったとしても、自分を10kg減量すれば、差し引きゼロ。荷物が重いと嘆く前に、自分の抱えている贅肉を落とした方が何かにつけて都合がいい。ということで、会社の行き返りは、歩くようにした。片道65分。往復で130分。これだけ歩いていれば、夏までには5kgくらいは痩せるだろう・・・甘いか?

 今週の土日は、プラモをやろうと思っていたが、昨日偶然にも本屋さんで井上靖の「氷壁」を見つけてしまい、読み出したら止まらず、結局、今日は読書で終わった。もともとそんなに読むのが速い方ではないと思うが、物語の展開が面白く、ハラハラドキドキの連続で、結局2日で読み終えた。あらすじに興味のある方はウィキペディアで検索されたし。

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 物語の中の、ある登場人物のセリフで非常に印象的なものがあった。山で、ある人が遭難して死んだときに語った言葉だった。

 「登山というものは生死をかけてやるものではなく、近代的なスポーツだという人がいるが、間違っている。毎年のようにたくさんの命が山で失われるのは、登山をスポーツだと思うからだ。あらゆるスポーツにはルールがある。登山がスポーツだというならルールを作るべきだ。そしたら少しは遭難が減るだろう。それから、もうひとつ、あらゆるスポーツにはプロとアマチュアの違いがあるが、登山にはそれがない。アマチュアが一、二度、山に登ると、もうプロにでもなった気になる。」

 実に本質を衝いていると思う。登山には守るべきマナーはあるが、ルールというものはなさそうだ。例えば、10m以上の絶壁は登ってはならない、などというルールが作れるのだろうか。多分無理だ。そもそも「絶壁とは何か」を定義しなければならない。角度が何度で、表面は岩で・・・などという定義が仮になされても、それが絶壁かどうかは、そのときの登山者の判断に委ねられるに決まっている。その判断がいけないというのなら、日本中の絶壁らしいところに、ここを上ってはいけませんという標識をつけなければならない。しかし絶壁らしいところなど、無尽蔵にある。

 プロとアマの話にも説得力がある。普通のスポーツでは、初心者と熟練者の違いが明確にわかる。しかし、登山の場合、これがわかるのは、多分、道に迷う、ケガをする、と言ったトラブルに陥ったときなのだろう。つまり、熟練者は、トラブルを事前に予想して、これを回避したり、実際にトラブルが起きたときに、的確な対応したりするもので、トラブルが何も無いときは、初心者も熟練者もないのと同じなのだ。つまりはトラブルを実際に経験しなければ、熟練者にはなれないということだ。そうしてみると、登山の熟練者になるとは、随分と危険なことのようにも思えてくる。

 いずれにせよ、この小説を読んだ最大の収穫は、文学的な価値云々ではなく、山の怖さをまざまざと味わったことだった。山は地形も気候も自然がむき出しだ。普段人里で暮らしている人間が、その感覚を、そのまま持ち込んではいけない場所なのだと、いまさらながら痛感した。

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