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バブルへGO! タイムマシンはドラム式 [映画]

 この映画。先日たまたまチャンネルを合わせたらテレビで放送していた。基本的にドタバタ喜劇であるけれども、背景にあるテーマはバブル景気とその崩壊という、日本の歴史に残る大事件だ。この重さと軽さのバランスが僕の嗜好にぴったりとハマった。もう一回観たいと思ってDVDを買ってしまった。

 バブル景気。あの時代はすごかった。自分も含めて周り中が浮かれていた。でも、なぜ急に盛り上がり、なぜ急に崩壊したのか、当時の僕は若くて問題意識もなく、もともと経済のことなど疎いから真面目に考えることもなく、ただ浮かれていただけだった。映画の舞台は2007年と1990年。17年のギャップは世代が一つ変わってしまうくらいの時間である。1990年は僕が就職して3年目にあたる。もしかしたら僕の世代は、社会人として実際にこの時代を経験した人の中でも若い方の世代に入るのかも知れない。

 バブル景気は、1985年のプラザ合意が引き金になって始まり、1990年の土地の売買に関する融資を規制する大蔵省の通達(いわゆる総量規制)が引き金になって崩壊したというのが定説になっている。映画は、偶然発明されたタイムマシンで1990年に遡り、この総量規制をやめさせ、バブル崩壊を食い止めようとするものだ。
 
 財務省に勤める官僚の下川路(阿部寛)。それから下川路の大学時代の同期で、家電メーカーの研究員、真理子(薬師丸ひろ子)。真理子は新しい洗濯機を開発しているときに、これが偶然タイムマシンになっていることがわかった。下川路はこれを使って1990年に遡り、総量規制の発表を阻止し、今の日本を変える極秘プロジェクトを立ち上げた。ところが過去に乗り込んだ真理子が消息を絶ってしまった。そこで今度は、真理子の娘の真弓(広末涼子)を説き伏せて1990年に送り込むことになった。

 真弓は、1990年の若い頃の下川路に出会い、自分が2007年の未来から来たこと、そしてその目的を説明するが、あまりにも奇想天外な話で取り合ってもらえず、逆に六本木のディスコに連れて行かれ、口説かれてしまう。しかし、真弓と接して何度も話を聞いているうちに、下川路は次第に真弓を信じるようになる。

 ・・・さて、ここでちょっとだけ脇道にそれるが、バブル景気について、にわか勉強した成果を書いてみようと思う。所詮は素人だから、解釈はそれなりである。詳しく知りたい人は専門書を参照されたい。

 1985年、アメリカの貿易赤字を是正するために、G5(主要5カ国蔵相、中央銀行総裁会議)で、為替レートをドル安に導くための合意がなされた。アメリカのプラザホテルで合意されたことから、この合意を通称「プラザ合意」と呼んでいる。本来、為替レートというのは、そのときの経済の動きにあわせて自然に変動していくものだが、これを政府が人為的にある方向に導こうというものらしい。なんでアメリカの貿易赤字を是正するために各国が足並みを揃えたか。それは、たぶん、アメリカの経済がおかしくなると世界中がおかしくなるということが、かつての世界恐慌の教訓として残っているからだろう。(今この時代も、アメリカのサブプライム問題のせいで世界経済がおかしくなってるもんね)

 当時1ドル240円だった円相場は、一年後には120円まで高騰した。日本の産業は輸出に頼っている部分がかなりあるので、円高が進めば輸出産業は打撃を受ける。このため政府は低金利政策を採り続けた。銀行は融資先として製造業が振るわなくなったため、不動産関連の企業への融資を推進した。このころ地価も株価もまだ上昇する余地を残していた。

 「地上げ」という言葉が盛んに使われたのは、この頃だった。例えば、ある区域が一軒の一般住宅しか建てられないような小さな土地に分割されていた場合、不動産業者が、その区域をまとめて買い取り、一つの大きな土地にする。そうすると、その土地には、ビルを建てるなどの新しい用途が生まれる。こうして付加価値をつけた土地を転売すれば、買ったときよりも高い値段で売れる。銀行が不動産融資を積極的にした結果、このような土地の購入転売が盛んに行われ、地価は次第に上昇していった。株の売買も同じような状況で、投資家は銀行から低金利で融資を受け、株の売買を盛んに行った。

 1987年になると、この影響は経済全体に波及した。僕の勤務する会社なんかは、ビルの空調をやっているから、ビルがたくさん建てばそれだけ儲かることになる。建設会社はもちろん、設備の会社も、その下請けもみんな儲かった。必然的に従業員の収入は増え、財布の紐がゆるんだ。しかし住宅は高くて買えないから、車を買ったり、宝石を買ったり、旅行に行ったり、宴会やったり。かくして、お金は日本中を激しく駆け巡ることになった。

 すでに、地価は、合理的に説明できる価格を超えて上昇(これを称してバブル状態という)していた。そして今、家を買っておかないと一生買えないという恐怖感から、一世代で払えないような無理な住宅ローンを組んだり、政府の無策を批判する人も現れた。本来、地価が上がりすぎた場合、その土地に高い税金がかかるから、それでも商売できる人でなければ維持できない。要するに放っておけば値段は少しずつ自然に正常に戻っていくのだという。しかし、そのころの民衆も政府もこのような冷静な目はもっていなかった。それはそれで仕方のないことだと思う。どんな人でも、みなその時代の空気の中で流されながら生きている。未来人からみて愚かに思えるのは、未来人が結果を知っているからである。

 こうして1990年3月、大蔵省銀行局は、総量規制に踏み切った。この規制によって、不動産業者は土地を自由に売買できなくなった。やがて、もともとが不合理なほどに吊り上った地価は急速に下落を始めた。そして、土地を担保にして融資していた銀行は、多額の不良債権を抱えて経営難に陥り、ついには倒産する銀行も出始めた。倒産を免れた銀行も、経営に行き詰まり、他行と合併することで必至に耐えた。体力のない中小企業は連鎖的にバタバタと倒れた。大企業も再構築(リストラクション)の名の下で、人員削減を断行し、大量の失業者を出した。「リストラされる」という言葉が「解雇される」という意味で定着したのもこの頃からだったと思う。株価も急激に下がり、かくしてバブル景気は崩壊した。それからの日本経済の様子は、世代の変わった若者でも知っていることだろう。

 映画の中で、1990年、総量規制の発表が翌日に迫った日、若い下川路が真弓に向かって問いかけた。
「真弓。もう一度聞く。未来の日本は国民にとって幸せな国になっていないんだな」
 まるで官僚の鏡のような質問だ。普段そんな壮大なことを考えたこともない真弓は、戸惑いながらも、精一杯の答えを搾り出す。
「わかんない。でも未来のあなたはそう思ってる」
 パーフェクトな答えだ。未来の自分がそう思っているなら、何も疑うことはない。真弓のこの一言で下川路は、阻止を決断する。ここから先は映画のドタバタぶりは最高潮になる。そして最後は、もうこれ以上ないというくらいのハッピーエンド。

 重厚なテーマと、軽いノリの絶妙なバランスの中に、「時代のギャップ」の面白さが至る所に散りばめられている。例えば、真弓がジャーナリストに携帯電話を得意気に見せるシーン、大手銀行に就職の決まった学生に対して、「その銀行、潰れるよ」と予言してみせるシーン、などなど。こういうシーンを面白く感じるのは、「知っている」未来人が、「知らない」過去の人に対して感じる、ささやかな優越感をくすぐられるからであろう。タイムトラベル物でしか表現できない内容だと思う。面白かったし、また懐かしい思いも味わえた。またしばらくしたら観ようっと。


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