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中国出張(6) 日中戦争の話 其の弐 [歴史]

(つづき)
 日本の敗戦が決定的になった1945年7月、日本軍の今井武夫少将が中国軍の高級軍人の何柱国と会談した際、何柱国は次のように述べたという。
「日本が敗戦の結果衰亡することは、中国として決して望むところではない。むしろ戦後において東洋の一強国として残り、中国とあいたずさえて東洋平和の維持に協力されたい希望である。したがって必要な国力を完全に消耗しきらないうちに、早く戦争を終結するように日本政府の聡明と善処を熱望している。これがため、中国は万一日本の要請があれば日本の和平提案を連合国にとりつぐことに決してやぶさかではない。とくに蒋介石主席は、日本の天皇制存続に好意を寄せ、すでに各国首脳にも、その意向を表明した」

 日本が降伏した1945年8月15日、蒋介石はラジオを通じて勝利宣言を行い、国民に対して次のように呼びかけたそうである。
「我々は報復を考えてはならず、まして敵国の無辜の人民に汚辱を加えてはなりません。彼ら(日本人)がそのナチス的軍閥によって愚弄され、駆りたてられたことに同情し、彼らが自ら誤りと罪悪から脱出できるようにさせるのみであります。もし暴行をもって、かつての敵が行った暴行に報い、奴隷的辱めをもってこれまでの彼らの優越感に報いるなら、報復は報復を呼び、永遠に終わることはありません。これは決して我々仁義の士の目的ではありません」
 蒋介石のこの言葉は、日本人にとって非常に好意的である。しかし終戦後、中国では、国共内戦が再開し、蒋介石の国民党は台湾に敗走した。結局、国民党が台湾(中華民国)を支配し、毛沢東の共産党が大陸(中華人民共和国)を支配する状態になった。今日では台湾では民主主義が根付き、政権が他の政党に変わったりしているが、大陸では共産党の一党独裁が続いている。

 戦争中は、日本は日中戦争のことを支那事変とよび、ここから拡大した米英を相手にした戦争を含めて「大東亜戦争」と呼んだ。「太平洋戦争」という言葉は、戦後、進駐軍から、そのように改めるように指導されたからだった。しかし教育現場で歴史をより正確に把握させようと思ったら「大東亜戦争」という呼び名の方が的を射ていると思う。               
 なぜなら太平洋戦争という言葉を使うと、日中戦争がこれに含まれるという極めて大切なことが忘れられやすいと思うからである。太平洋戦争は日中戦争が終わってから始まったのではない。日中戦争が泥沼化し、これが解決しないまま(これを解決しようとして)太平洋戦争が始まったのであって、日中戦争は1945年の終戦まで続いたのである。

 この時代の歴史を読んでいると、「日本はなぜこんな馬鹿なことをしたんだ?」と、ついつい思ってしまう。でも昔の人のしたことを現代人の感覚で善とか悪とか裁こうとするのは慎むべきだと思う。なぜかというと、現代人の我々は結果が全部わかっているから好きなことが言えるのである。しかしその時代を生きた人は結果を知らなかった。(もちろん一部の聡明な人は結果を予測してはいただろうが時代の流れは変えられなかった)結果を知っている我々から見て滑稽だったり愚かに見えることでも、その場その場で必死に考え、最善を尽くしたのである。これは政治的指導者も、世論を形成した一般大衆も同様である。そして、その連綿と続く歴史の流れの結果として我々が現代に生きている。

 飲んだくれて仕事をしない父親を見て、子供が「なんであんな人と結婚したの」と母親を責めるのは愚かである。いかに父親を軽蔑したところで、母親がその父親と結婚しなければ自分というものが存在しなかったのである。日本の歴史を否定的に見るということは、これに近いと思う。この時代に日本が戦争をしなかったとしたら、歴史は全く変わっている。その場合、自分が今の時代に存在しているかどうかは、わからないのである。だってそうでしょう。戦争で婚約者を亡くして別の男性と結婚した女性はたくさんいたはず。戦争がなかったとしたら、その女性は予定通り、元の婚約者と結婚したはず。そしたら、別の男性と結婚した結果として生まれた子孫は、いないことになってしまう。その子孫の中に、過去の戦争を批判している人がいたら? それは、飲んだくれと結婚した母を責める子供と変わらない。

 過去に起こった事実について「こんなのダメだ、許せない!」と否定したり腹を立てたりすることは、現在の自分の存在そのものを否定することになりかねない。だから自分の価値観の如何に関わらず無意味である。歴史を学ぶときは、過去の経験を未来に生かすように学ぶべきで、そうするからこそ現在、未来の平和に寄与することができる。日本を延々と呪いづづけるように国民を教育する国が日本の回りにいくつかあるが、そりゃ一体なんのための歴史学習なのかと思う。

 僕は、この時代の歴史書を読むにつれて、この辛い時代を生きたすべての人に対して深い敬意を抱かずにはいられない。平和な時代にこそ戦争(歴史)を勉強しよう。今、自分が中国の人たちと平和に仕事ができるという一見当然に見えるこの事実は、戦争を勉強することで当然ではなくなり、幸福な事実に変わる。会社の中国人スタッフ、ホテルの服務員、日本料理屋の女の子たち。我々日本人に優しく接してくれる、これら愛すべき中国人たちといつまでも仲良くできますように。


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