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博士の愛した数式 [映画]

 「博士の愛した数式」のDVDが発売されたので、日曜に早速購入。観てみたので感想を一筆。 家政婦の一人息子の「ルート」は、長じて数学の先生になることになっているが、映画ではルートが生徒たちに自分の生い立ちを語る形式で、話が進行していく。細部に若干のアレンジはあるものの、基本的に原作を忠実に映画化している。キャスティングが大変よい。よくもこれだけぴったりした役者たちをそろえたものだと思った。博士の役に寺尾聰。家政婦に深津絵里、未亡人に浅丘ルリ子。ルート先生は吉岡秀隆。子役の少年もかわいかった。

 「交通事故で80分しか記憶がもたない天才数学者」という人物設定は大変ユニークだ。このような俗世間と隔離されたような人物(博士)に家政婦は献身的に世話をする。博士も家政婦と、その一人息子のルートを愛した。愛したと言っても男女間の愛とか親子の愛ではなく、信頼関係に基づいた人間愛だと思う。記憶の不自由な数学者との間に築いた信頼関係は、普通に考えればあり得ないようなものだけれども、そういう言わば奇跡的で切ないものが、この上なく美しく感じられた。

 僕は理科系の人間だから、博士の語る数学の話にどうしても興味が行ってしまった。この物語の博士は整数論が専門だ。僕は学生時代、数学はよく勉強した方だったが、その中で、苦手な分野が二つあった。ひとつは確率論、もうひとつは整数論だった。微分積分なんかは、何に使うかがはっきりわかる。自然現象(物体の運動など)を記述するのに微分方程式を使うから、微分積分の理論を理解しなければ自然科学系の学問分野には進めない。確率論にしても、そこから発展する統計学は、データの分析にどうしても必要になる。(実際、大学で工学系に進んで、そのことははっきりと実感した) しかし整数論は、何の役に立つのかが、わからなかったから、なかなかやる気がおきなかった。それに、この分野だけは、訓練ではどうにもならない天才的な直感が必要なような、そんなイメージをもっていた。実際、入試問題でも整数論はあまり出題されなかったように記憶している。この映画を観て、このイメージはやはり正しかったのだと思った。

 工学系(機械工学、電気工学など)の研究者は、それが人間にとって何の役に立つのか、つまり「価値」を常に念頭に置いているのに対して、理学系(数学、物理学、化学など)の研究者は、そんなことは考えていない。理学系の学問とは本来そういうものだと思う。彼らを突き動かす原動力は、真理に対する純粋な探究心である。ニュートリノの観測でノーベル物理学賞を受賞した東大の小柴先生が言っていた。「ニュートリノの研究をして、何の役に立つのかを考えても、それはわからない。しかし、昔、電子が発見されたときに、それが何の役に立つのかを説明できる人などいなかった。今、電子工学の発達により、これだけの文明社会が築かれている」

 何の役に立つのかわからないけれども、それを探求する。その探究心を持ち続けることができるのは、その世界の美しさに純粋に魅せられ、引き込まれた結果だと思う。花の美しさに魅せられた人は、「その花がなんの役に立つのか」などと考えることはない。人が人を純粋に愛するとき、「この人を愛することによって、自分にどんなメリットがあるのだろうか」と考えることはない。これと同じように、数字の美しさに魅せられた人は、「それが何の役に立つのか」など考えることなく、ただ純粋に、より美しい定理や公式を発見しようとして、研究に打ち込むのだと思う。

 原作者は、数学の理論を紹介するためにこの小説を書いたのではないはずだ。数学者を登場させて数学の美しさを語らせることによって、純粋に人のためにつくし、純粋に人を信頼し、人を愛すると言ったことを比喩的に、印象的に読者の心に染みこませたかったのだと思う。「第一回本屋大賞に輝く大ベストセラーの映画化 永遠に心に生き続ける、『至高の愛』の物語」 この宣伝文句は、いささか大げさだと思う人もいるかも知れないが、僕は当たっていると思った。  


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Sho

知り合いに物理学者がいます。(彼は自分のことを「物理学者ではなく一物理学研究者です」と言っていました)
ひぐらしさんの書かれた文章を読みながら、その人が物理学について書いた文章を思い出していました。
宣伝文は、私も当たっていると思います。
by Sho (2006-07-16 10:37) 

ひぐらし

Shoさん、こんにちは。コメントありがとうございます。お知り合いの物理学者さんもきっと謙虚で、映画の博士のような人なんでしょうね。私は原作本を読んだとき、記憶の不自由な博士の言動があまりにも危うくて、はらはらどきどきしながら読んでました。映画も原作も、ラストが悲劇的でないところがよかったと思います。未亡人が心を開いてくれて、むしろハッピーエンドに近いのがよかったと思いました。
by ひぐらし (2006-07-18 00:33) 

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