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将棋、その後 [雑文]

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 二つ前の「2018年秋の出来事(4)」という記事で、NHKの将棋講座の段級位認定試験にチャレンジ中ということを書いた。その結果が出たので、これを書いておきたい。2018年10月~2019年6月まで9か月のトライアルの結果は下記の通り。(注1)

(下記で、〇は正解、△は不正解)
2018年10月 〇〇
2018年11月 〇〇
2018年12月 〇△
2019年 1月 △〇
2019年 2月 〇〇
2019年 3月 〇〇
2019年 4月 △〇
2019年 5月 〇〇
2019年 6月 〇〇

 まず10月~2月で8割。この時点で二段が確定した。初段が目標だったので、予想外にいい成績を取って満足してしまい、ここでやめようかと一旦は思ったのだが、そのうちに「この調子なら三段まで行けるんじゃなかろうか」などと欲が出てしまった。それで1月~5月で9割を目指したところ、4月の時点で間違えてしまってあえなく失敗。(甘くはなかった) そこでさらに頑張り、2月~6月でようやく9割を達成、三段が確定した。

 夏のボーナスが出てすぐに日本将棋連盟に認定を申し込んだ。三段の認定料は54000円。普通の人はびっくりする値段だと思うが、20年前の後悔を再び味わうものかと思い、確定後はためらいなく手続きをした。免状は8月の初めに無事に届いた次第である。
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 なお、送られてきた免状の中に、これを入れる免状額の宣伝ビラが入っていた。日本将棋連盟謹製。ちくしょ~~。 商売が上手い。こんなの見たら欲しくなっちゃうじゃね~か~。暮れのボーナスで買うかどうか、現在思案中である。(いいカモだな、こりゃ)
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***
 さて、この認定試験のいきさつをある人に話したところ、「そのやり方ってもしかしたら不正ができるんじゃないのか?」と言われた。たぶん誰しもが、このやり方を聞いたときに感じる素朴な疑問だと思う。つまり、問題をコンピュータに解かせたり、自分以外の将棋の強い人に相談したりすれば、自分の実力以上の結果が出てしまうではないか、ということである。

 そこで、このやり方で問題はないのだろうか、とつらつら考えてみたのだが、不正をしても本人に都合の良いことが何も起こらない。することが全くの無意味であり、現実にそんなことをする人はほとんどいないのだろう。結果、このやり方でいいのだ、という結論に至った。(NHK将棋講座と日本将棋連盟の名誉のために)(注2)


***************
(注1)NHK将棋講座の段級位認定の仕組みについては、下記URLを参照。
「2018年秋の出来事(4)」
https://shonankit.blog.so-net.ne.jp/2019-01-13

(注2) 
1)不正をしてもそもそも意味がない
 自分以外の人に問題を解かせるのは、英語検定を替え玉で受験するようなものである。こういう試験は自分の実力がどれほどのものかを自分で知りたいから受ける試験である。受験料を払って、人に問題を解かせるとは、どういうことなのか。もしかしたら見栄を張るための道具として取る、という人がいるかも知れない。しかしそれもずいぶん程度の低い話で、そんなのはごく少数だろうと思う。

2)不正をしても得をしない
 将棋で何段とったところで一般企業の就職活動に有利になることはない。国会議員に立候補する人がプロフィールに将棋何段と書いてあっても、親しみがわく程度であって公約や政治理念や手腕とは無関係である。完全に趣味のものであって、この肩書で得をすることはない。

3)不正をしても利益がない
 例えば「9割の正解率の人に、もれなく100万円をプレゼント」という企画ならば不正をやる人がいくらでも出てくるだろうと思う。しかし実際は9割正解したら、免状を得るためにはその人がお金を払うのである。不正をやるような(=利益を不当に追及するような)性質の人が、決して安くはない認定料を好んで負担するとは、とても思えない。

4)不正をしても自分が損をする
 認定試験で不正をするとは、つまり自分の実力が「低い」のに「高い」と評価されることを意味する。仮に1級の実力の人が不正で三段として公式に認定されてしまったとする。すると公式大会では三段の部に出場することになる。まず間違いなく負けるだろう。不正をして勝ったら問題はあるが、負けるなら直接的な被害は誰にも及ばない。

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囲碁、その後 [雑文]

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久しぶりの更新。ひとつ前の記事が2019年1月13日だった。なんと半年以上の期間が開いてしまった。

 最大の原因は、山登りを自粛したこと。そもそもこのブログの最初の目的はプラモだったのだが、趣味がいろいろと変遷して、1年ほど前は1 か月に一回くらいのペースで山に登っていて、気に入った山があるとその記事を書いていた。しかし両親の体調が悪くなり、今年からは万一のときにすぐに帰郷できるように山に入るのをやめたのだった。何しろ山登りは途中でやめられない。(強制終了するにはヘリが必要になるし)

 それともうひとつ。工作関係(プラモ含む)のモチベーションがダダ下がりになっている。工作の作業机は埃をかぶったまま、半年以上放置状態だったので、先日掃除をした。

 では代わりに何に時間を費やしていたかというと、囲碁と将棋である。半年ほど前の記事に書いたが、囲碁の通信教育を受講し始め、それから将棋の段級位チャレンジを始めた。しかし、この二つは、ブログの記事にしにくい。専門的なことを書きすぎると、内容を知っている人は知っているが知らない人は全くわからない、実にマニアックなブログになってしまう。

 囲碁を習い始めたのは、親父が元気なうちに打ちたいと思ったからである。(もう親父もいい歳だし) 通信教育は入門用の6か月コースだが、在籍期間ギリギリの12か月かかって、近々ようやく終わる見通しになった。先日、お盆に帰省したとき、親父に9月の終わり頃(いちおう通信教育が終わる予定の頃)に、9子で打ってもらう約束をしたところである。

*****
 今年2019年4月に仲邑菫(なかむらすみれ)さんという10歳の女の子が、囲碁のプロ棋士になったというニュースがあった。日本棋院の史上最年少記録だと言う。父親もプロ棋士なのだそうで、僕はこれを初めて聞いたとき、10歳の子供なんて、まだいろいろな世界を見てじっくり人生を決めればいいのに、職業を決めてしまうなんて親馬鹿の極みだろうと思った。

 少し話がそれるが、2017年に大学時代の恩師が亡くなり、昨年の秋にOBが集まって、先生を偲ぶ文集を作った。いろいろなOBが「先生からこんな話を聞いた」とか、「こんなことを教わった」とか、思い出を語っていたのだが、その中に一つ印象深い言葉があった。「研究に必要なのは頭の良さではない、頭の強さである」

 頭の強さとは、一つのことを集中して考えられる集中力や持久力のことを言っているらしい。いくら頭が良かったとしても知的好奇心とか探求心と言ったものは、ある程度の長い時間あるいは期間、持続しなければ考察を続けられない。それができなければ研究の成果は出ないのである。

 仲邑菫さんは10歳にして一日7~9時間を囲碁の勉強にあてているらしい。振り返って自分は、人生の中で一番勉強したのはいつだろうと思い起こしたが、これは浪人時代の年明け、大学入試の直前に一日10時間くらい勉強していたことがあった。これが最高記録である。(後にも先にもこんなことはない)

 普通10歳くらいの子供というものは、何かして遊んでいても興味関心が長続きせず、すぐに別のことをやりに行ってしまうものである。そんな小さな子が大学受験の頃の僕と同じくらいの時間を毎日勉強に充てている。

 10歳にしてそれだけの集中力を持てるのは、まさに恩師の言うところの「頭が強い」ことに他ならない。囲碁の棋士にならずに普通に進学すれば学者になるくらいの頭脳の持ち主なのだと思われる。親馬鹿の極みだなどと、最初は思ってしまったが、そんな凡人の考えが当てはまるような人ではなかった。反省。

*****
 天才はさておき、凡人たる僕の学習状況について。コースの仕組みとしてはテキスト1冊を原則1か月のペースで終わらせて、問題を解いて本部に送る。すると添削して点数をつけて返送してくれる。これを6冊分やることになっていて、今5冊終わって6冊目に入っている。凡人だから集中力がなく、やり始めてすぐに他の遊びを始めてしまったりして、仲邑菫さんとの格の違いがあからさまに現れている。お恥ずかしい。

 そんな中で気づいたことがある。囲碁っていうのは絵画みたいなもの、つまり碁盤の上に石を並べて模様を描いていく作業なんじゃないかな、ということ。それを白黒交互に打つことで、上手に自分の勢力を広げていくわけで、そのときに、どの位置に打つかとかどうやって勢力を広げるかとか、どうやって相手の勢力を削ぐか、などというのは、もしかしたら言葉で説明するのが難しいのではないか。テキストを読んでいてそう思う。

 芸術家が絵を描くとき、言葉で説明できるようなものは絵にしないのだという。囲碁の先生は、自分の感覚とか感性のようなものを、受講生に伝えるために一生懸命に説明してくれるが、どうもそれが抽象的でわかりにくい。「もうちょっとわかりやすい説明ができないもんかな」、とずっと思っていたのだが、もしかしたら、絵のような言葉で説明しにくいことを敢えて言葉にしようとするから、こういうことになるのではないか、と思えてきた。

 ・・・というのが、囲碁というものがおぼろげながら見えてきた、今の段階での印象である。これからもっとちゃんと打てるようになると、別のものに見えてくるのかもしれない。上達して先生に近い感性が身についてくると、このテキストのわからない部分も、わかるのかも知れない。(あの頃は一体何がわからなかったんだろう、こんな親切に書いてるのに。なんてね)それがちょっと楽しみである。

【2019年9月10日追記】
 通信教育の全課程を修了し、提出課題の点数から6級の判定をいただいた。満足満足。

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2018年秋の出来事(4) [雑文]

(つづき)
~~将棋の話~~

 先の記事で20年ほど前に、囲碁をちょっとだけ齧った話をしたが、実は、それとほぼ同じ時期に将棋もやる気を出してしまい、谷川浩司九段の将棋講座の通信教育を受けた。(なんか通信教育ばっかりだけど、こういうのが好きなんだからしょうがない(^o^))。添削問題を解いて成績を付けてもらって、結果によって棋力を判定してくれる。このとき初段の推薦をもらった。日本将棋連盟にこの推薦状を送って所定の認定料を払えば、初段の免状をゲットできるところまで行っていたのである。

 免状には、そのときの名人と竜王の署名が入る。僕は当時から谷川さんと羽生さんのファンで、この二人が名人と竜王になったら申請しようと思っていた。しかし世の中そんな簡単には行かないようで・・・。結局、推薦状は有効期限を過ぎて、流れてしまった。最近になって、このことがすごく悔やまれるようになった。これから先、年をとれば思考力は衰えてくる。初段の免状、とれるときに取っておけばよかった。

 そういうわけで最近囲碁の通信教育を始めようとしたときに、せっかくだから将棋も一緒に復活しようと思ったのだった。NHKの将棋講座のテキストには、段級位認定の問題がついていて、一定期間で何点取ったかで段級位を認定してくれる。こういうのは対局で叩き上げた実力ではない、いわゆる ”ペーパー” だから、実際に対局をして強いかどうかは、別の要素も関係すると思うのだが、それはそれでいいと思っている。それより今の場合は早めに(思考力が衰える前に)取る方が大事だ。

 テキストは1か月に1冊「〇月号」という形で発行される。1つのテキストに「次の一手」の問題(注1)が2問ある。これを5か月連続で合計10問解く。正解率7割で初段の認定がもらえる。8割で二段、9割で三段。こういうやり方って、はっきり言ってちょっと荒っぽいやり方ではないかと思う。というのは例えば、さほど棋力のない人でも、マグレで正解して、有段者になってしまうことだってあるのではないだろうか。・・・でも、まあそんなことをこっちが心配しても仕方ない。日本将棋連盟の方法を信じて参加するしかない。

 10月号からスタートした。で? 今のところの成績はというと? ・・・今は言えない。(笑)

***
 先週の水曜日(1月9日)、親父の手術が無事に終わった。ただし11月に主治医と面談したときに「手術は何回かにわけてやる」と聞いていたので、今回だけでは終わらないはず。次の手術でまた付き添いのために会社を休む必要があると思うが、とりあえず、ひと安心したことは確かである。
秋に起きた心配事はほぼ片付き、新しくスタートしたことは軌道に乗った。少しずつ元の生活に戻れそうだ。

**************
(注1)「次の一手」問題
 対局中のある局面の図を示し、「この次にあなたはどう指しますか」という問題。回答はA、B、Cの3択になっている。マグレで正解してしまうのではないかと書いたのは、このやり方。ただ選択式にしないと採点する側が大変だという事情もよくわかる。選択肢を4択、5択と増やしていけば実際の対局に近づいていくが、増やすほど解説が大変になる。逆に○×式にしてしまったら、それこそマグレ当たりが増えるだろう。結局、3択あたりが妥当なところなのかも知れない。
 ちなみに問題はよく練られていて大変面白い。自分の玉が今にも詰まされそうな危ない状況におかれており、その状況で相手の玉を追い詰めることができるかというような、勝つか負けるかのギリギリの攻防を考えるのが多い。考えていると結構エキサイトする。

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2018年秋の出来事(3) [雑文]

(つづき)
~~トランポリンジムの話~~

 これは会社の健康管理室に報告しつつ、メタボ対策として始めたもの。まあ会社というか、もう日本の社会全体で、メタボ予備軍をなんとかしようとしているようだ。生活習慣病にかかる人が多ければ多いほど、健康保険の負担が大きくなるという事情からこのような動きになっているが、こういうことを心配してくれるのは、実際のところありがたい。僕の場合、うつで休職していたときにものすごい太り方になってしまい、健康管理室の指導を受けていた。

 最初は会社で契約しているフィットネスジムで水泳をやっていた。しかし元々小学生の頃から水泳は大の苦手だっただけあってすぐに嫌になってしまう。マシンを使った筋トレも相性が悪い。そうしているうちに、トランポリンジムというのを見つけた。本当はネットで見つけた「大人のためのバク転教室」にでも行ってみようかと思っていたが、年齢的に最初の敷居が高い。その点、トランポリンなら、とりあえず跳ねればいいのだから入りやすい。 

 「入りやすさ」というのは、新しいことを始めるためには、結構重要なファクターだと思う。中高年になって登山やランニングを始める人が多い理由には「入りやすさ」が絶対にあると思う。もちろんどんなことでも、極めていけば、難しさのレベルはどんどん上がっていくから、登山やランニングが単純に易しいことだとは言えない。世界的な登山家ならヒマラヤに登るし、オリンピックのマラソンランナーならフルマラソンを2時間強で走る。それでも初心者にとって入門はしやすいのだ。これだけは確かである。

 さてそのトランポリンだが10月からスタートした。原則週に一回水曜日に通うことにしたのだが、これが想像していたよりも遥かに難しい。単純な垂直飛び(立った姿勢でピョンピョン跳ねるだけ)も苦労した。跳ねているうちに少しずつ位置がずれていき、ネットの外にはみ出してしまう。それが前にずれていくならまだいいのだが、後ろにずれていくと非常に怖い。最初は何度もひっくり返ったり、外に飛び出して壁にぶつかったりした。ジムの方も心得たもので、壁にぶつかっても危なくないようにあちこちにクッションがついている。激突する人がたくさんいるのだろう。

 先に書いたように、実家に見舞いにいったりセミナーがあったりして、毎回必ず通えるとは限らないが、健康のためなので、できるだけ頑張って通っている。いま、膝落ち、腰落ち、腹落ち、背落ちといった、基礎的な技に順次チャレンジしているところ。新しい技に挑戦しようとすると、そのたびに別のところの筋肉痛が起こる。筋肉の「超回復」という現象が起こっているはずだから、これはダイエットに効いている。スタートして3か月で体重が3㎏も落ちた。水泳やマシントレーニングでは得られなかった成果である。
(つづく)

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2018年秋の出来事(2) [雑文]

 前の記事で、「この秋に計画していたことが結構あって、もともとそれで忙しくなる予定だった」と書いたが、実際に計画していたのは下記の通りである。

1)亡くなった恩師の追悼集会(9月末)
2)通信教育の囲碁講座スタート(9月末スタート)
3)NHKの将棋講座の段級位認定チャレンジ(9月スタート)
4)トランポリンジムに通う(10月より)
5)職場のピクニック(西丹沢)の幹事(下見含む)(11月上旬)
6)山岳会の山行(東丹沢)の幹事(11月中旬)
7)社外セミナーの準備(プログラミングの勉強)(11月末)

 「なんだ、ほとんど遊びばっかりじゃないか」と言われるかもしれない。確かに遊びもあるが、だからと言って簡単にやめられないものがある。例えば、5)、6)の山行の幹事なんかは、一度引き受けたら、よほどのことが無い限りギブアップできない。他の人に代行を依頼すれば負担をかけることになるし、計画そのものを中断すればみんなに迷惑がかかることになる。

 だから必然的に、人に迷惑がかからないものを削ることになる。例えば、囲碁講座だの将棋講座だのは、完全に自分のペースだから、いざとなったらその時間を削ればよい。(実際ほとんど削ることになってしまったし) そもそもこのブログで扱っている工作やプラモのテーマは一時的に中止するもやむなしと思っていた。

 7)は仕事絡みだから待ったなしである。あるセミナーを受けるためにC言語のプログラミングの勉強が必要になった。このセミナーは自分から参加を希望したもので、会社にお金を出してもらうのだから、それなりの成果を出さねばならない。僕は機械設計が専門で、コンピュータのプログラミングには疎い。だから会社のソフトウエアの担当に教わりながら家で結構時間をかけてまじめに勉強した。

 さて、そういう予定のある中で、まずはお袋のトラブルが起こった。まあこちらは、9月の末に異常なしで解決した。ところがその後、間もなく、姉に婦人病がみつかり、親父は消化器の一部に腫瘍が見つかった。姉は11月に手術、父は手術の判断のために僕が家族代表で付き添ってお医者さんと面談。年明け1月に手術が決まった。

 人間が同時進行で考えることができる量には限界があるものである。心配事を抱えていると、それが負荷になって、最初に並んでいた計画に集中できなくなってくる。こういう状況で、11月に(天候の心配をしながら)山行の幹事を2つこなした。前の週に下見もしたから結構ハードだった。頑張った自分を褒めてやりたい。誰も褒めてくれないし。 (^^ ;
(つづく)

*****
(いささか細かすぎる話になっているが、読者の方、退屈だったらご勘弁を)

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2018年秋の出来事(1) [雑文]

 2018年9月以来、ブログの更新が止まってしまった。だから、何が起こったのか、記録を兼ねて、言い訳を書こうと思う。(本来であれば、2019年、新年の抱負なんかを書くところなのだろうけど)

 簡単に言ってしまうと、2018年の秋に計画していたことが結構あって、もともとそれで忙しくなる予定だったのだが、これに加えて、予定外の事件が起こってしまったのだった。一言でいうと、家族(親父、お袋、姉)がほぼ同時に体を壊したのである。

***
 そもそも話は、昨年の夏まで遡る。お盆に帰省したときに、たまたま姪と五目並べをやったのだが、どういうわけか姪が結構強い。もっと前、オセロをやったときも全然勝てなかった。どうやら姪は、白と黒の石を並べるゲームに独特のセンスをもっているらしい。だったら囲碁だってできるのではないかと思い、姪を誘って囲碁の勉強をしようと思い立った。

 今から20年ほど前、ちょうど少年ジャンプで「ヒカルの碁」という漫画が流行っていた頃に、それに影響されて、囲碁をちょっとだけ齧ったことがあった。ルールを少しだけ覚えて親父(こちらは30年来の囲碁ファン)と打ったのだが、そもそも棋力が全く違うし、親父が対局中に講釈を始めてしまうので、指導碁にもならず、対局として成立しなかった。そうこうしているうちに情熱が覚めてしまって、それっきりになってしまったのだった。今の心境としては、親父が元気なうちに、親父と普通に対局ができるレベルになりたいと思っているが、そう思い立つのがだいぶ遅れてしまった。どうなることやら。

 さて1か月後の9月15日、姪が予定通りうちに遊びに来て、勉強会を始めた。・・・と思いきや、急に親父から電話がかかってきた。「お母さんの具合が悪いから、お前ちょっと見舞いに来ないか。お前の顔を見れば少しは元気になるかも知れない」と言う。お袋は少し前に腰を痛めて、介護保険で言うところの、「要支援2」というグレードに格付けされた。その後、眩暈を起こして起き上がれなくなり、寝込んでいたのだった。

 親父がそんな電話をしてくるなんて珍しい。勉強会はすぐに中断。姪を連れて帰省した。実家に着くと、やたら顔色の悪いお袋が寝込んでいた。あまりにも病人らしい顔で驚いたが、それでも受け答えはしっかりしており、翌日には比較的元気になった。原因不明の眩暈で嘔吐もあったということで、メニエル病を疑ったが、後日病院で精密検査を受けた結果、その疑いは晴れた。結局のところ原因は不明で、偶発的な眩暈であろうとのことだった。

 ちなみにメニエル病というのは、最近引退した某男性アイドルがかかって一時的に有名になった病名らしい。眩暈と嘔吐から姪がこれを疑った。実際のところはこの病気は聴覚障害を伴うのが特徴なのだそうで、お袋にはこれがなかった。

(つづく)

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SONYのカメラDSC-WX350を買った [カメラ]

 いままで使っていたカメラ(注1)が、だいぶイカれて来たので、7月の末に新しいのを買った。このことを書いておかないといけないと思いつつ、ついつい書きそびれてしまった。

 イカれて来たというのは次の2つ。
1)動画が撮れなくなった
 動画をスタートしても、1秒くらいで切れてしまうようになった。原因は全く不明。動画を撮る頻度が低いのでなんとか持ちこたえて来たが、やっぱりこの機能は生きてないと何かと困る。
2)オートフォーカスのピントが甘くなった
 たぶんプログラムは正常に働いていて、そこに合わせようとしているのに、機構のガタが出来てしまって微妙にズレてきたのかもしれない。以前のようなシャープな写真が撮れなくなった。

 ・・・ということで全くダメになったわけではないけれども、これはもう第一線からは退くしかない。そこで新しく買ったのが、SONYのDSC-WX350 というカメラ。
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 全部の機能を試してはいないが、とりあえず現時点ですごいと思ったことが2つある。

1)マクロとズームの凄さ
 このカメラ、マクロというボタンがない。最近のカメラってみんなそうなんだろうか。以前使っていたカメラは接近させてマクロ撮影をするときは、マクロの機能選択をする必要があった。でも説明書を読んでもマクロ撮影というページがない。実際にものに接近して撮影すると自動でマクロ撮影に切り替わる。しかもズームが光学20倍。これがどのくらい凄いことかというと、標準レンズ50mmと望遠レンズ1000mmがこんな小さなカメラ1台で兼用できるということになる。これを使うとこんな写真が撮れる。
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 この写真は、木曽駒ヶ岳の山頂のお社の裏にいたアゲハ蝶。こんな写真は以前だったら素人には撮れなかった。なぜかというと接近すれば飛んで逃げてしまうから。でもこの写真は3メートルくらい離れたところから撮っている。コンパクトカメラで三脚なし。それでこの解像度は驚異的である。


2)パノラマ撮影モードの凄さ
 少し前の記憶では、何枚かの連続した写真を撮ってソフトウエア的な処理をするとパノラマ写真になるというのは知っていた。グーグルの機能にそういうのがあった。でも近頃はその機能をカメラが持っていて、撮影と同時にこの処理をやってのける。CPUのスピードが上がったおかげで出来るようになったのだろう。下の写真は、木曽駒ヶ岳の記事に載せたものと同一のもので、檜尾岳付近から木曽駒ヶ岳方面を振り返って撮ったもの。
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 まあそんなわけで、技術革新には驚くばかりだが、悲しいこともある。僕はカメラでは元々ペンタックスのファンだった。でも最近の技術革新の波に飲まれてリコーの傘下に入ってしまった。そのリコーだって、カメラのラインナップはかなり縮小している。老舗としてニコンやキャノンやオリンパスは頑張っているが、何しろ世の中は携帯電話に内蔵されたカメラで撮影するのが主流になっている。まさかこんな風になるとは思ってもみなかった。

 長く生きていると、業界のこんな栄枯盛衰を目の当たりにするものなんだなあ、と痛感する。フィルムカメラからデジタルカメラに変わって便利になったことはたくさんあって、それは喜ぶべきことなのだが、かつて自分が好きだったものが消えていくのを見るのは、なんとも言えず寂しいものだ。ああ諸行無常。

***
(注1)いままで使っていたのは、リコーのCX5というもので、買ったのは2011年だから7年使ったことになる。記事URLは下記。
https://shonankit.blog.so-net.ne.jp/2011-10-25

(蛇足)「ヨドバシカメラ」とか「ビックカメラ」なんていう家電量販店の名称も、そのうち時代が変わると、昔を知らない若い人から「なんでカメラって言葉が名前についてるんだろうね?」「昔はカメラ屋さんだったらしいよ」「へえ~~。カメラ屋さんなんて有ったんだぁ」なんて言われるようになって、社名を見直すときがくるのかも知れない。

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ラーメン二郎でラーメンを食す [雑文]

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 以前、ランニングに真面目に取り組んでいた頃の話である。自宅からJR藤沢駅の北口を回って10km走って自宅に戻るコースを作り、休みの日にそこを走って練習していた。そのコースの途中に、何やらいつも行列ができている黄色い看板の店があった。程なくして、その店が ”ラーメン二郎” という有名な店だということを知った。

 なるほど、それで行列が出来ていたのか。人気ぶりはかねてから聞いていた。コアなファンは “ジロリアン” と呼ばれ、日本各地の二郎の食べ歩き行脚をしているという。気になってはいたのだが、何しろ僕は待ち行列が大の苦手である。よほどの理由がなければ並んで食べるなんてことはしない。要はそこまで食にこだわりがないということであって、結局二郎は僕にとっては縁のない店だった。

 ちょっと話が飛ぶが、JR川崎駅の地下街に “ラーメンシンフォニー” という、旨いラーメン屋が集まった一角がある。以前から川崎のサトー電気に電子部品を買いに行ったついでに、そこに寄ってラーメンを食べて帰るのが楽しみになっていた。ある日、そこの “らぁめん大山(たいざん)” という店に入り、そこで “大麺(だいめん)” というメニューを食べたとき、それが実に旨かった。気に入ってしまったので、その店の評判をネットで調べたところ、この店がいわゆる "二郎系" であることがわかった。

 かつてラーメン二郎の町田店をやっていた店主が独立して、静岡で "らぁめん大山" を開店し、さらに川崎に支店を出したというのが、あの地下街の店らしい。大麺の外観は、ネットの写真で見た、二郎のあの山もりのラーメンにそっくりだった。

 こうなると、今までさほど興味のなかった二郎にも行きたくなってくるというもの。そこで、お盆明けの休みの日に開店時間を狙って行ってみたが、すでに大行列が出来ていて気が滅入ってしまい、負け犬の気分で帰宅した。その後、平日の夜間であれば比較的すいていることがわかり、ついに1週間前の金曜日、デビューを果たした。そして1週間後(昨日)、また行ってしまった。

 そんなわけで似合わないと思いつつ、グルメリポート。この味は、旨いか不味いかという尺度ではちょっと表現しにくい。しかし、習慣性を帯びるということだけは言えそうだと思った。(「気取ったこと言ってんじゃねえ」とか言われそうな気がする(笑))(注1)

 極太の麺とチャーシュー(二郎用語では “ブタ” と呼ぶらしい)は、完璧に僕の好みに合っていて文句なしに旨い。じゃあスープは? というとこれにクセがあるのだ。醤油の甘辛の味。どこにも無い味である。(もっとも二郎は店によって味が違うという話を聞いたことがあるけど)旨いかと言われたら、それはもう充分に旨い。でも特別に旨いかと言われたらそうでもない。旨い不味いで表現できないクセがある。少なくとも僕の味覚はそう感じた。(非凡とはこういうことなのかも)

 1回目に食べたとき、「たぶん自分は1か月くらい経ったらまた食べたくなるだろうな」と予感した。結果、1週間後に食べたくなった。そして2回目は、スープの味が、1回目よりも旨く感じた。

 文頭の写真は昨日、湘南藤沢店で食べたレギュラー。(ニンニク有り)730円。この量(普通のラーメンの2倍はある)がこの値段で食べられるのだから、若い人にはこたえられないだろう。このコストパフォーマンスも大繁盛の大きな理由だと思う。なんだか、僕もこれから少しずつ、ジロリアンへの道を歩みそうな気がしてきたが、もういい年だ。若い頃みたいな量を食べていたら健康に障る。1か月に1回くらいにセーブした方がよさそうだ。

***
(注1)元来、僕の味覚はかなり大雑把で、外食したときに不味いと思ったことがほとんどない。そういう味覚の持ち主にはグルメレポートなんて出来るわけがないので、やらないのが一番いいのだが、今回は特別。

(追記)
 9月17日に川崎の「らぁめん大山」で、「大麺(豚W)」を食べて来た。二郎の湘南藤沢店の二郎に似た味だが、甘辛の「辛」の部分が少しマイルドになっていてクセが少ない。万人向けの味に仕上げているように思う。あまりマニアックになることを避け、誰でも入れる店を目指したのではないだろうか。
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HAWKⅢを作る(13) [HAWKⅢを作る]

【集合管の話】

 昔の写真をお目にかける。この写真は、かつて僕が乗っていたCB400Nである。カメラは、あの昔懐かしい日付が写り込むカメラで、コントラストが悪くて見にくくなっているが、良く見ると
85 2 17
という文字が写り込んでいる。1985年。今から33年前の写真である。
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 写っている我が愛車は排気管を集合管に交換している。これは雑誌の広告をみて、バイク用品店で買ったもの。メーカーの純正品ではなく、どこかの工房で形だけをテキトーに作ったものだろう。エンジンのパワーアップに役立つとは思えないし、それどころか、消音の機能がいい加減なので、ただ音がデカくなって他人様に迷惑をかけるだけの代物である。暴走族が好んで使うものだったと思う。

 じゃあなぜそんなものを付けたのかと言えば、「バイクをいじくりまわしたいから」。それだけの理由である。店で売っていたということは、僕と同じようないじくり趣味を持った人が他にもたくさんいたということであろう。我ながら下らない遊びをやっていたと思うが、こういう経験もそれなりに自分の知見を増やすのに役立つものだ。(なにせ、こんな記事のネタになるのだから)

***
 バイクになじみのない人のために、集合管(=集合排気管)について、ちょっとお話する。当たり前の話だが、エンジンの排気ガスの出口からは騒音が出る。だから消音器をつけるのが普通である。

 その昔、バイクの消音器(マフラーとかサイレンサーともいう)というのは、各シリンダーからでる排気管ごとに1つずつ装着されているものが多かった。4気筒のエンジンならエンジンから4本の排気管が出て、その4本すべてに消音器がついていた。下の写真はネットで拾った、ホンダとカワサキの往年の名車である。片側に2本(つまり両側で4本)の排気管が割り振られているのが見える。
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 ネット情報では、あるレーシングチームで、軽量化のために、4本の排気管を1本に束ねて1つの消音器で音を消そうという試みがなされたが、その結果、軽量化だけでなくエンジンの出力が上昇した。のちにこれは、(僕なりにわかりやすく言うと)、一つ前の排気の流れが次の排気を引っ張り出そうとするように働いて、排気効率が上がり、結果、パワーアップしているらしいとわかった。

 以後、研究が進み、今では、メーカーの作る4気筒エンジンのバイクの排気管はノーマルで集合管をつけたものが珍しくなくなっている。もちろんこれが有効に働くためにはエンジンと込みで開発する必要があって、どこかの町工場で適当に作ったものが、パワーアップに寄与するはずがない。

 この頃はたぶん、メーカーでもレースチームでも2気筒の集合管の実験なんか誰もやってなくて、データがどこにも無かったんじゃないかな、と個人的には思っている。なにせ1980年代は、400㏄クラスでは2気筒から4気筒に移行していた時期だったから。ということで、僕がつけていた集合管は、そんな、どうでもいい集合管だった。
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 さて、なぜここで集合管の話をしたか。実はリヤサスペンションの記事を書こうと思って、調べものをしていたら、どうしてもこの状態の写真が必要になったのである。ノーマルのマフラーではリヤサスペンションとスイングアームの結合位置が隠れてしまうが、集合管のおかげで、この部分がよく見えるようになっている。(本題は次の記事で)
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HAWKⅢを作る(12) [HAWKⅢを作る]

【シート】

 ひとつ前の記事(11)でサイドカバーのことを書いたときに、僕が30年前(大学生の頃)に作って、挫折したものの写真を見せた。これを今後、幾度となくお見せすることになるので、これに名前を付けることにした。 名付けて「挫折品」。

さて下の写真は、挫折品のシートの部分を拡大したもの、その下は実車の同じ部分を拡大したものである。実車に比べて挫折品の方が、シートが分厚い。かつて実際に乗っていた人間からみて、こういう全体のシルエットに関することはすぐに違和感として感じる。
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 分厚いシルエットを実車に近づけるために、少し加工をしなければならない。結果だけ先に書いてしまうと、下の写真で、グレーの方が、キットの部品そのまま、黒と白の方が、作ったもの。昔のキットには、改造用の部品(注1)がついていて、これが、かつて僕の望んだ形(注3)にちょうど良かったので、これを使うことにした。
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(注1)改造用の部品
昔買ったキットの箱には「部品を変えるとCB400Nスペシャルになります」と書いてある。でもホンダがそんな型番のバイクを作っていたわけではない。「~スペシャル」というのは要するに、「改造車」という程度の意味合いらしい。アンコ抜き(注2)されて、低くなったシートと集合排気管、それから大きな音の出そうなホーン、アップハンドルがついている。要するに暴走族仕様である。昔はこういうのが売れたのだろう。

(注2)アンコ抜き
シートの中のスポンジを削ってシートを低くすることをアンコ抜きという。饅頭の中身のアンコを抜くと言った意味と思われる。しかし最近はオートバイそのものがあまり売れないようで、暴走族の爆音もあまり聞かなくなった。アンコ抜きという言葉も、もはや死語のようだ。

(注3)僕の望んだ形
 昔、このバイクに乗っていた頃、足つきが悪くて困った。僕は身長が168㎝で、男性としては平均以下である。しかも遺伝的に足が短い。バイクに跨ったときに、両足のつま先がギリギリ地面に届くくらいだった。原因はシートが(僕の足にとっては)高かったこと。それから、もう一つ、車体の幅(サイドカバーの部分の幅)が結構広くて、跨ったときに足を外側に広げようとするので、その意味でも足着きが悪かった。まあ結局アンコ抜きだけで解決する問題ではなく、やらなかった。



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