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高滝湖マラソン [マラソン]
今年の正月は例年の通り実家に帰って過ごしたけど、帰って早々に風邪を引いてしまった。体調がいまいちだったので、あまり運動もせず、ほとんど家の中に閉じこもって過ごした。ただ、マスターした料理の成果発表はした。酢豚、エビチリ、麻婆豆腐、回鍋肉の4種類。結構、評判良かった。
*****
さて、1月14日、新年早々に今年一回目のマラソン大会があった。千葉県市原市の高滝湖マラソンである。これは、やる気まんまんの姉に誘われたもの。
結果は姉が56分、僕は59分だった。前回の丹沢湖マラソンに比べて、姉は記録を2分更新した。僕は3分更新し、しかもついに1時間を切った。めでたいめでたい。
実は練習は、一週間前に3km走っただけだった。最近、寒いから外に出る気が起きない。すごい情けない。マラソンなんて暑い季節に体を動かすのがきついから、むしろ冬に向いた競技じゃないか。冬になったらなったで寒いから嫌だってそれはないだろうと思う。この怠けっぷりには自分でも呆れる。
ただ・・・。それにしても前回よりも3分もタイムを短縮できたってのは何なんだろう。特別に頑張ったわけでもないのに。やっぱりタバコをやめたせいで心肺機能が少しずつ向上しているのだろうか。思い当たる節は、そこしかないのだが。
大会の風景。

以下、断片的に感想を。
◆マラソン大会も何回も参加していると、良い大会だと感じるときと、そうでもないときがあることに気づかされる。僕が良い大会だと思うのは、荷物の管理をきちんとしてくれる大会である。誰でも出入り自由な場所を荷物置き場に決めて、「ここに置いて下さい」という大会は、泥棒に盗られそうで嫌なのだ。貴重品はどこの大会でも預かってくれる。しかし貴重品だけでなく、すべての荷物をきちんと預かって欲しいと思う。今回の高滝湖マラソンは、荷物預かり所がきちんとしていた。
◆毎回、マラソン大会には、スポーツ大会専門の写真屋さんが来ている。そして選手の写真を撮って、ネットで公開し、気に入った写真があったら購入できるシステムがある。実は以前、一度買ったこともある。しかし気に入った写真があることは、あまりない。もう年を食って自分の走る姿がかっこよく写らないのだ。次回からサングラスをかけて、顔を隠そうと思う。
下の写真は記録証。

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さて、1月14日、新年早々に今年一回目のマラソン大会があった。千葉県市原市の高滝湖マラソンである。これは、やる気まんまんの姉に誘われたもの。
結果は姉が56分、僕は59分だった。前回の丹沢湖マラソンに比べて、姉は記録を2分更新した。僕は3分更新し、しかもついに1時間を切った。めでたいめでたい。
実は練習は、一週間前に3km走っただけだった。最近、寒いから外に出る気が起きない。すごい情けない。マラソンなんて暑い季節に体を動かすのがきついから、むしろ冬に向いた競技じゃないか。冬になったらなったで寒いから嫌だってそれはないだろうと思う。この怠けっぷりには自分でも呆れる。
ただ・・・。それにしても前回よりも3分もタイムを短縮できたってのは何なんだろう。特別に頑張ったわけでもないのに。やっぱりタバコをやめたせいで心肺機能が少しずつ向上しているのだろうか。思い当たる節は、そこしかないのだが。
大会の風景。

以下、断片的に感想を。
◆マラソン大会も何回も参加していると、良い大会だと感じるときと、そうでもないときがあることに気づかされる。僕が良い大会だと思うのは、荷物の管理をきちんとしてくれる大会である。誰でも出入り自由な場所を荷物置き場に決めて、「ここに置いて下さい」という大会は、泥棒に盗られそうで嫌なのだ。貴重品はどこの大会でも預かってくれる。しかし貴重品だけでなく、すべての荷物をきちんと預かって欲しいと思う。今回の高滝湖マラソンは、荷物預かり所がきちんとしていた。
◆毎回、マラソン大会には、スポーツ大会専門の写真屋さんが来ている。そして選手の写真を撮って、ネットで公開し、気に入った写真があったら購入できるシステムがある。実は以前、一度買ったこともある。しかし気に入った写真があることは、あまりない。もう年を食って自分の走る姿がかっこよく写らないのだ。次回からサングラスをかけて、顔を隠そうと思う。
下の写真は記録証。

温度計付き てんぷら鍋 [雑文]
先日、一緒に山登りに行ったN添さんは、なぜか毎年、暮れになるとお歳暮を贈ってくれる。お歳暮ってのは普通「昔お世話になった人に贈るもの」である。僕はN添さんに特別お世話をした覚えはない。(もともとはフルートを同じ師匠に習っていた仲間だった) にも関わらず、毎年忘れずに贈ってくれる。それがなぜか恒例になってしまい、最近は何の不思議もなく、もらうことに慣れてしまっている。
住むところが離れてしまっているが、おかげで長い付き合いが続いていて、山登りも一緒にできた。たまに一緒に飲んだりもするし、マラソン大会に付き合ってもらったりもした。もともと僕は、用がなければ電話もメールもしない人間である。いや、そもそも男性とは、そういうものではなかろうか。女性の友人同士のようにマメに連絡を取り合おうとはしない。だから、こういうマメな友人がいるのはありがたいことなのだ。
さて、そのお歳暮だが、毎年、独身の僕にすぐに役に立つような、乾物とか瓶詰めとかの食べ物をよく贈ってくれていた。でも今年は、僕が料理に凝り始めたのをみて、どうしてよいやらわからなくなったらしく、ギフトカタログを贈ってくれた。その中に、いいものを見つけた。温度計付きのてんぷら鍋。「ををを!!! これはいい!」さっそくハガキを出した。
昨日それが届いた。まずは全体像。

温度計。外見から明らかに金属の熱膨張を利用したメカ式である。汚れやすくて、しかも高温という厳しい環境の温度測定にはこういう素朴なローテクが威力を発揮するのだ。(先日の灯油ストーブもそうだったが僕はローテクは結構好きだ)

この温度計を鍋の穴に挿して使う。

先端は鍋の底から1cmくらいの位置に来る。今まで使っていた温度計は手で持っていたから先端の位置決めが難しかった。しかも熱くて長時間持っていられなかった。これは助かる。

下は使用中の図。指針が185℃を指している。

レパートリーの鶏の唐揚げの完成。しかも今回は骨付き肉だ。

*****
【余談】
実は、揚げ物をするときの油温監視システムなんてのを作ろうかと考えていた。温度測定用の安いサーミスタを秋葉原に行って物色したが、みんな温度が100℃以下のものばかりだった。お店でメーカーのカタログが閲覧できたので調べてみたら、もっと高温が計れるタイプは有るには有るらしいが、秋葉原の小売店では扱っていないらしい。
一般に、てんぷらの油の温度はどう測るかというと、市販の安全装置等では、この温度領域なら熱電対(サーモカップル)を使っていると思われる。シース(鞘)に入った製品(素子)を調べてみたら、値段は数千円。サーミスタよりだいぶ高い。まあ買えない値段ではないけど。油温監視システムは来年の楽しみにしておこう。
住むところが離れてしまっているが、おかげで長い付き合いが続いていて、山登りも一緒にできた。たまに一緒に飲んだりもするし、マラソン大会に付き合ってもらったりもした。もともと僕は、用がなければ電話もメールもしない人間である。いや、そもそも男性とは、そういうものではなかろうか。女性の友人同士のようにマメに連絡を取り合おうとはしない。だから、こういうマメな友人がいるのはありがたいことなのだ。
さて、そのお歳暮だが、毎年、独身の僕にすぐに役に立つような、乾物とか瓶詰めとかの食べ物をよく贈ってくれていた。でも今年は、僕が料理に凝り始めたのをみて、どうしてよいやらわからなくなったらしく、ギフトカタログを贈ってくれた。その中に、いいものを見つけた。温度計付きのてんぷら鍋。「ををを!!! これはいい!」さっそくハガキを出した。
昨日それが届いた。まずは全体像。
温度計。外見から明らかに金属の熱膨張を利用したメカ式である。汚れやすくて、しかも高温という厳しい環境の温度測定にはこういう素朴なローテクが威力を発揮するのだ。(先日の灯油ストーブもそうだったが僕はローテクは結構好きだ)
この温度計を鍋の穴に挿して使う。
先端は鍋の底から1cmくらいの位置に来る。今まで使っていた温度計は手で持っていたから先端の位置決めが難しかった。しかも熱くて長時間持っていられなかった。これは助かる。
下は使用中の図。指針が185℃を指している。
レパートリーの鶏の唐揚げの完成。しかも今回は骨付き肉だ。
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【余談】
実は、揚げ物をするときの油温監視システムなんてのを作ろうかと考えていた。温度測定用の安いサーミスタを秋葉原に行って物色したが、みんな温度が100℃以下のものばかりだった。お店でメーカーのカタログが閲覧できたので調べてみたら、もっと高温が計れるタイプは有るには有るらしいが、秋葉原の小売店では扱っていないらしい。
一般に、てんぷらの油の温度はどう測るかというと、市販の安全装置等では、この温度領域なら熱電対(サーモカップル)を使っていると思われる。シース(鞘)に入った製品(素子)を調べてみたら、値段は数千円。サーミスタよりだいぶ高い。まあ買えない値段ではないけど。油温監視システムは来年の楽しみにしておこう。
エビチリ [自炊研究]
中華料理で定番になっているエビのチリソース煮、略して「エビチリ」。中華料理のフルコースを頼むと、ほぼ確実にこれが入っている。いわゆる定番であり、日本人に人気のあるメニューだと思う。
ところで、エビチリのことを中国語で、乾焼蝦仁(ガンシャオシアレン)というのだと昔どこかで聞いて、それが正しいと思い込んでいたのだが、そうではないことを最近知ってしまった。もともと乾焼蝦仁と言う伝統的な四川料理があって、これを陳健民という有名な料理人が日本人向けに食べやすくアレンジしたのが、エビチリなのだそうだ。(まあ異説もあるらしいが)
ちょっと調べたことを書いてみると、乾焼蝦仁とは、中国の簡体字で書くと「干烧虾仁」[ gan(1)-shao(1)-xia(1)-ren(2) ](数字は声調)
「乾焼」とは、水気を飛ばしながら火を通す調理方法。
「蝦仁」とは、蝦のむき身(食材)のこと。
四川料理の乾焼蝦仁は、日本のエビチリのような甘酢あんかけではないことが、ネーミングからしてわかる。陳健民の息子の陳健一が書いた四川料理の本を立ち読みしたところ、四川オリジナルの乾焼蝦仁のレシピと写真が載っていたが、エビチリとはだいぶ違う料理だった。
さて、乾焼蝦仁もそそられるが、とりあえず「エビチリ」である。レシピ本の通りに作ってみた。本の完成写真とはだいぶ違う、汁気が全くないエビチリが出来上がった。(偶然にも"乾焼"の状態になってしまった) どうも、蝦を油で揚げたときの衣が厚すぎて、これが汁気を吸ってしまったのと、蝦をソースに絡めたあとの加熱時間が長すぎて、水分が飛んでしまったようだ。でも、食べてみたら、これがまた、すんごく美味しい。大満足である。あまりにも美味しくて、ご飯をおかわりしてしまった。(こりゃ確実に太るな)

ミートソースのときもそうだったが、スパイスをたくさん使う料理は、悪い言い方をすると「ごまかしが効く」のだろう。だから、ちょっとくらいミスをしても、美味しく感じるのかも知れない。こういう料理ってのは初心者の最初のチャレンジにはいい。技術的に未熟でも、美味しく仕上がるから、やっていて楽しい。逆に見ると、日本料理はスパイスをほとんど使わないから、その分、美味しく作るのが難しいのかも知れない。
ところで、エビチリのことを中国語で、乾焼蝦仁(ガンシャオシアレン)というのだと昔どこかで聞いて、それが正しいと思い込んでいたのだが、そうではないことを最近知ってしまった。もともと乾焼蝦仁と言う伝統的な四川料理があって、これを陳健民という有名な料理人が日本人向けに食べやすくアレンジしたのが、エビチリなのだそうだ。(まあ異説もあるらしいが)
ちょっと調べたことを書いてみると、乾焼蝦仁とは、中国の簡体字で書くと「干烧虾仁」[ gan(1)-shao(1)-xia(1)-ren(2) ](数字は声調)
「乾焼」とは、水気を飛ばしながら火を通す調理方法。
「蝦仁」とは、蝦のむき身(食材)のこと。
四川料理の乾焼蝦仁は、日本のエビチリのような甘酢あんかけではないことが、ネーミングからしてわかる。陳健民の息子の陳健一が書いた四川料理の本を立ち読みしたところ、四川オリジナルの乾焼蝦仁のレシピと写真が載っていたが、エビチリとはだいぶ違う料理だった。
さて、乾焼蝦仁もそそられるが、とりあえず「エビチリ」である。レシピ本の通りに作ってみた。本の完成写真とはだいぶ違う、汁気が全くないエビチリが出来上がった。(偶然にも"乾焼"の状態になってしまった) どうも、蝦を油で揚げたときの衣が厚すぎて、これが汁気を吸ってしまったのと、蝦をソースに絡めたあとの加熱時間が長すぎて、水分が飛んでしまったようだ。でも、食べてみたら、これがまた、すんごく美味しい。大満足である。あまりにも美味しくて、ご飯をおかわりしてしまった。(こりゃ確実に太るな)

ミートソースのときもそうだったが、スパイスをたくさん使う料理は、悪い言い方をすると「ごまかしが効く」のだろう。だから、ちょっとくらいミスをしても、美味しく感じるのかも知れない。こういう料理ってのは初心者の最初のチャレンジにはいい。技術的に未熟でも、美味しく仕上がるから、やっていて楽しい。逆に見ると、日本料理はスパイスをほとんど使わないから、その分、美味しく作るのが難しいのかも知れない。
灯油ストーブを買った [雑文]
書斎のエアコンが2年ほど前から、暖房時に限って、ひどいノイズが出るようになった。騙しながら使っていたが、なにしろ96年製である。家電製品も15年も使っていれば、もう寿命だろう。
原発事故の影響で電力供給が厳しい折りなので、ここはエアコンを買うよりも、前から欲しかった灯油ストーブを買うことにした。欲しかった理由は、純粋なノスタルジー。まず灯油ストーブの匂いは、昔はありふれていたのに最近は滅多に嗅ぐことがなくなった懐かしい匂いなのである。それからもう一つ、上に金網を置いて、餅を焼いたりするのに憧れていたのだ(笑)。
先日、ビックカメラで小型のものを見かけたので購入。6980円。安いものだ。日曜日のお昼に宅配で届いたので、さっそくスーパーでポリタンクとポンプを購入。それからガソリンスタンドにポリタンクを持って行き、灯油を18リットル買った。1リットル92円だった。買ったことがなかったから値段の相場も知らなかった。
火をつけてみた。ちょっとだけ緊張した。6畳の間で運転したら、あっという間に部屋が暖まった。十分な能力だ。18リットルの灯油がどのくらいの期間もつのか僕はまだ知らないが、けっこう長持ちしそうな気がする。この冬は、このストーブで乗り切る予定。

***
【余談】
灯油ストーブの技術的なポイントは、たぶん「不完全燃焼防止」と「緊急時の消化」を電気仕掛けを使わずに、純粋にメカだけで実現するというところだろう。(点火に電池を使っているが、電池が無くなっても他の手段で着火はできる)
長い歴史のある製品だから、技術的にはすでにクラシックの領域にある。悪い言い方をすれば「枯れた製品」である。でも電気を使わないカラクリって結構好きだ。
停電騒動があったときに、エネルギーを電気だけに頼るのは危険であることを日本の国民は身に染みて感じた。そういうときにローテクの良さが見直される。
原発事故の影響で電力供給が厳しい折りなので、ここはエアコンを買うよりも、前から欲しかった灯油ストーブを買うことにした。欲しかった理由は、純粋なノスタルジー。まず灯油ストーブの匂いは、昔はありふれていたのに最近は滅多に嗅ぐことがなくなった懐かしい匂いなのである。それからもう一つ、上に金網を置いて、餅を焼いたりするのに憧れていたのだ(笑)。
先日、ビックカメラで小型のものを見かけたので購入。6980円。安いものだ。日曜日のお昼に宅配で届いたので、さっそくスーパーでポリタンクとポンプを購入。それからガソリンスタンドにポリタンクを持って行き、灯油を18リットル買った。1リットル92円だった。買ったことがなかったから値段の相場も知らなかった。
火をつけてみた。ちょっとだけ緊張した。6畳の間で運転したら、あっという間に部屋が暖まった。十分な能力だ。18リットルの灯油がどのくらいの期間もつのか僕はまだ知らないが、けっこう長持ちしそうな気がする。この冬は、このストーブで乗り切る予定。

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【余談】
灯油ストーブの技術的なポイントは、たぶん「不完全燃焼防止」と「緊急時の消化」を電気仕掛けを使わずに、純粋にメカだけで実現するというところだろう。(点火に電池を使っているが、電池が無くなっても他の手段で着火はできる)
長い歴史のある製品だから、技術的にはすでにクラシックの領域にある。悪い言い方をすれば「枯れた製品」である。でも電気を使わないカラクリって結構好きだ。
停電騒動があったときに、エネルギーを電気だけに頼るのは危険であることを日本の国民は身に染みて感じた。そういうときにローテクの良さが見直される。
スパゲティ・ミートソースとナポリタン [自炊研究]
僕が料理を作るのに参考にしている料理の入門書がある。そこには、日本の家庭でよく食べられている代表的な料理のレシピが合計60種類、和、洋、中華の3分野に分かれて満遍なく紹介されている。このたび初めて、この本の中の「洋」のレシピに挑戦した。スパゲティ・ミートソース。ちなにイタリアではこのソースを「ラグー・アッラ・ボロニエーゼ」(「ボローニャ風煮込み」の意味)と呼ぶそうで、ボローニャとはこれが最初に作られた都市の名前らしい。もちろん昔のイタリアのレシピと現代の日本のレシピが同一であるとは思わない。
さて、レシピの本を見ると、材料のところに「トマトの水煮(缶)」と書かれている。この部分に引っかかってしまった。トマトが普通にスーパーで売られているにも関わらず、缶詰のトマトを、なぜ買わなければならないのか。その理由が書かれていない。母に聞いてみたら、「私はミートソースはずっとトマトケチャップで作ってた」と言っている。(ということは、僕は子供の頃からそれを食べていたということか) 聞く相手を間違えた。
これは作り比べてみるしかないと思い、缶詰とそのまんまのトマトと両方買ってきた。

さて、まずは、本のレシピの通りに作ってみた。出来上がったものが下の写真。なんだか崩壊したハンバーグが麺の上に乗っているような状況になってしまった。でも外見に反して、食べてみたら相当に美味しい。「なんでこんなに美味しいんだろう」と考えるに、セロリ、赤ワイン、ナツメグといった、香りを出すものがかなり効いているようだ。大成功。

さて、では、そのまんまトマトの方はどうなるか。湯剥きしたトマトをフードプロセッサで挽いてペーストにして、スプーンですくって味を見た。そしたら水煮の缶詰に比べて、かなり酸っぱい。それから青臭さがある。果実の状態で食べていたときには何も気にならなかった味と匂いが、ペーストにした途端に気になるようになってしまった。これではミートソースを作っても美味しくはならないことは明らかである。それ以上は作る気が失せた。
ちなみに、トマトの水煮の缶詰というのは、トマトの収穫期(つまり完熟トマトが出来る季節)に集中して作るらしい。だから青臭さや酸っぱさが少ないのだ。なるほどね。
***
ところで、自分が子供の頃、自分の知っているスパゲティのメニューと言えば、ミートソースとナポリタンしかなかった。だから、ついでにナポリタンの方も調べてみたら、面白いことがわかった。スパゲティ・ナポリタンというメニューはイタリアにはない。この料理のレシピが日本で確立したのは、戦後、GHQ(連合軍総司令部)が引き上げた後のことだった。
GHQが接収していたホテルニューグランドに、スパゲティの乾麺とトマトケチャップが大量に残されていて、同ホテルの料理長が、これを使用したパスタ料理の開発にとりかかった。そして、できた料理に「スパゲティ・ナポリタン」と命名したらしい。ただし、このとき料理長が作ったナポリタンは、結局ケチャップは使わず、トマトソースを使ったものだった。
トマトケチャップは元々アメリカの調味料であり、イタリアのものではなかった。料理長は欧州の味にこだわったということだろう。しかし一方トマトソースは当時の日本では入手性のよいものではなく、逆にケチャップは比較的容易に手に入る状態だった。結局、ケチャップを使ったレシピが主流になり、現代の日本の「スパゲティ・ナポリタン」として定着したようである。(なお他の説もある。念のため)
話はそれるが、アメリカで最初にトマトケチャップを量産開始したのはハインツ(Heinz)社で、これが1876年。当時の日本は明治初期である。ハインツは日本でも有名な会社だけど、そんなに古いとは知らなかった。一方、日本で初めてトマトの栽培を始めたのは現在の「カゴメ」の創業者で、これが1899年(明治32年)。トマトケチャップの量産開始が1908年だった。日露戦争が1904年に起こった ことを考えると、トマトケチャップの国産化もまた、日本の近代化、欧米化を象徴する出来事の一つではなかろうか。
閑話休題。僕の使っているレシピの本には、パスタはミートソースとボンゴレしか載っていない。だから試みに、ナポリタンを完全に想像で作ってみた。上記のミートソースに比べると、ケチャップの味が非常に安っぽく感じられたが、それは昔から食べなれている味だからだろう。自己流にしては結構おいしかった。満足満足。

さて、レシピの本を見ると、材料のところに「トマトの水煮(缶)」と書かれている。この部分に引っかかってしまった。トマトが普通にスーパーで売られているにも関わらず、缶詰のトマトを、なぜ買わなければならないのか。その理由が書かれていない。母に聞いてみたら、「私はミートソースはずっとトマトケチャップで作ってた」と言っている。(ということは、僕は子供の頃からそれを食べていたということか) 聞く相手を間違えた。
これは作り比べてみるしかないと思い、缶詰とそのまんまのトマトと両方買ってきた。

さて、まずは、本のレシピの通りに作ってみた。出来上がったものが下の写真。なんだか崩壊したハンバーグが麺の上に乗っているような状況になってしまった。でも外見に反して、食べてみたら相当に美味しい。「なんでこんなに美味しいんだろう」と考えるに、セロリ、赤ワイン、ナツメグといった、香りを出すものがかなり効いているようだ。大成功。

さて、では、そのまんまトマトの方はどうなるか。湯剥きしたトマトをフードプロセッサで挽いてペーストにして、スプーンですくって味を見た。そしたら水煮の缶詰に比べて、かなり酸っぱい。それから青臭さがある。果実の状態で食べていたときには何も気にならなかった味と匂いが、ペーストにした途端に気になるようになってしまった。これではミートソースを作っても美味しくはならないことは明らかである。それ以上は作る気が失せた。
ちなみに、トマトの水煮の缶詰というのは、トマトの収穫期(つまり完熟トマトが出来る季節)に集中して作るらしい。だから青臭さや酸っぱさが少ないのだ。なるほどね。
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ところで、自分が子供の頃、自分の知っているスパゲティのメニューと言えば、ミートソースとナポリタンしかなかった。だから、ついでにナポリタンの方も調べてみたら、面白いことがわかった。スパゲティ・ナポリタンというメニューはイタリアにはない。この料理のレシピが日本で確立したのは、戦後、GHQ(連合軍総司令部)が引き上げた後のことだった。
GHQが接収していたホテルニューグランドに、スパゲティの乾麺とトマトケチャップが大量に残されていて、同ホテルの料理長が、これを使用したパスタ料理の開発にとりかかった。そして、できた料理に「スパゲティ・ナポリタン」と命名したらしい。ただし、このとき料理長が作ったナポリタンは、結局ケチャップは使わず、トマトソースを使ったものだった。
トマトケチャップは元々アメリカの調味料であり、イタリアのものではなかった。料理長は欧州の味にこだわったということだろう。しかし一方トマトソースは当時の日本では入手性のよいものではなく、逆にケチャップは比較的容易に手に入る状態だった。結局、ケチャップを使ったレシピが主流になり、現代の日本の「スパゲティ・ナポリタン」として定着したようである。(なお他の説もある。念のため)
話はそれるが、アメリカで最初にトマトケチャップを量産開始したのはハインツ(Heinz)社で、これが1876年。当時の日本は明治初期である。ハインツは日本でも有名な会社だけど、そんなに古いとは知らなかった。一方、日本で初めてトマトの栽培を始めたのは現在の「カゴメ」の創業者で、これが1899年(明治32年)。トマトケチャップの量産開始が1908年だった。日露戦争が1904年に起こった ことを考えると、トマトケチャップの国産化もまた、日本の近代化、欧米化を象徴する出来事の一つではなかろうか。
閑話休題。僕の使っているレシピの本には、パスタはミートソースとボンゴレしか載っていない。だから試みに、ナポリタンを完全に想像で作ってみた。上記のミートソースに比べると、ケチャップの味が非常に安っぽく感じられたが、それは昔から食べなれている味だからだろう。自己流にしては結構おいしかった。満足満足。

鶏の唐揚げ [自炊研究]
今週、実は月曜からずっと鶏の唐揚げをやっていた、3日連続で毎晩鶏の唐揚げを作り、失敗作を仕方なしに食べ、しかもそれを弁当のおかずにまで持参して食べ続けた。そして木曜日にようやく食べられるレベルになった。

レシピは、鶏のもも肉に、にんにく醤油を絡め、片栗粉をつけて油で揚げる。ただそれだけである。こんな単純な料理になぜ、ここまでてこずったのか。
不満を感じていた理由は「油っこい」、それだけである。食べた途端に口の中に油っ気が広がり、いくつも食べていると気持ち悪くなる。これを3日も食べ続けて胸焼けをおこした。レシピの通りに作っているつもりなのに、何でこんなに不味いんだろう。しまいには「こんな唐揚げ食えるか」とちゃぶ台をひっくり返したくなったが、作っているのが僕自身なので、そうもいかない。
最初は油温が低いせいかと思った。僕が持っている、てんぷら用の温度計では160℃~180℃の間が緑色、180℃~200℃の間が赤に塗られている。レッドゾーンに入れてはいけないのかと思って、ずっと160℃~180℃の間で揚げていた。また、両者で、それほどの差が出ないと思い込んでいた。
でも、さすがに160℃くらいの温度では低すぎるようだ。引き上げたときの油の切れが悪い。揚げ物を引き上げたときに、油が消える様子をよくよく観察したら、下に流れてキッチンペーパーに吸い込まれているものよりも、唐揚げの表面から蒸発しているものの方が多そうだった。揚げ物の表面温度が高い方が蒸発は起こりやすいようで、つまり油の切れも、その方が良いことになる。
それから、もう一つ気づいたこと。レシピ本の説明の最初に、「鶏肉についている余分な脂肪を取り除く」と書いてある。説明を読んではいたが、これが「鶏皮」の部分であることに気づかず「余分な脂肪なんてない」と思い込んでいた。
ということで、温度を180℃~200℃の間に保ち、なおかつ、皮を除去することで、食べられるレベルになった。ああ苦労した。
なお、スーパーに行くと、いろいろな唐揚げ粉が市販されている。それはそれで美味しいのだが、唐揚げ粉というのは唐揚げにしか使えない材料である。片栗粉ならいろいろと使い道がある。一種類の料理にしか使えないような材料は、これからはできるだけ使わず、汎用性の高い材料で料理しようと思った。なぜなら一種類にしか使えない材料は、その場で使い切らないと残りものが発生して保管スペースを食うことになり、しかも結局使わないまま古くなって捨てることになりそうだから。
【参考1】
鶏の唐揚げは、ネットで調べると、「二度揚げ」の方法がたくさん紹介されている。これは一度油に入れた素材を短時間で引き上げ、余熱を使って肉に火を通し、さらに仕上げの揚げを行う方法。こうするとおいしく仕上がるのだそうだ。しかしここまで追求する気力がない。しばらくの間、鶏の唐揚げは食べたくない。
【参考2】
唐揚げの一種に「竜田揚げ」というのがある。WIKIによれば、唐揚げという言葉が食材、下味、粉の種類を問わず使われるのに対し、竜田揚げの方は、肉などを醤油やみりんから作ったタレに漬け込んで下味をつけて片栗粉のみで揚げるものを指す。僕が今回作ったものは竜田揚げに近い。

レシピは、鶏のもも肉に、にんにく醤油を絡め、片栗粉をつけて油で揚げる。ただそれだけである。こんな単純な料理になぜ、ここまでてこずったのか。
不満を感じていた理由は「油っこい」、それだけである。食べた途端に口の中に油っ気が広がり、いくつも食べていると気持ち悪くなる。これを3日も食べ続けて胸焼けをおこした。レシピの通りに作っているつもりなのに、何でこんなに不味いんだろう。しまいには「こんな唐揚げ食えるか」とちゃぶ台をひっくり返したくなったが、作っているのが僕自身なので、そうもいかない。
最初は油温が低いせいかと思った。僕が持っている、てんぷら用の温度計では160℃~180℃の間が緑色、180℃~200℃の間が赤に塗られている。レッドゾーンに入れてはいけないのかと思って、ずっと160℃~180℃の間で揚げていた。また、両者で、それほどの差が出ないと思い込んでいた。
でも、さすがに160℃くらいの温度では低すぎるようだ。引き上げたときの油の切れが悪い。揚げ物を引き上げたときに、油が消える様子をよくよく観察したら、下に流れてキッチンペーパーに吸い込まれているものよりも、唐揚げの表面から蒸発しているものの方が多そうだった。揚げ物の表面温度が高い方が蒸発は起こりやすいようで、つまり油の切れも、その方が良いことになる。
それから、もう一つ気づいたこと。レシピ本の説明の最初に、「鶏肉についている余分な脂肪を取り除く」と書いてある。説明を読んではいたが、これが「鶏皮」の部分であることに気づかず「余分な脂肪なんてない」と思い込んでいた。
ということで、温度を180℃~200℃の間に保ち、なおかつ、皮を除去することで、食べられるレベルになった。ああ苦労した。
なお、スーパーに行くと、いろいろな唐揚げ粉が市販されている。それはそれで美味しいのだが、唐揚げ粉というのは唐揚げにしか使えない材料である。片栗粉ならいろいろと使い道がある。一種類の料理にしか使えないような材料は、これからはできるだけ使わず、汎用性の高い材料で料理しようと思った。なぜなら一種類にしか使えない材料は、その場で使い切らないと残りものが発生して保管スペースを食うことになり、しかも結局使わないまま古くなって捨てることになりそうだから。
【参考1】
鶏の唐揚げは、ネットで調べると、「二度揚げ」の方法がたくさん紹介されている。これは一度油に入れた素材を短時間で引き上げ、余熱を使って肉に火を通し、さらに仕上げの揚げを行う方法。こうするとおいしく仕上がるのだそうだ。しかしここまで追求する気力がない。しばらくの間、鶏の唐揚げは食べたくない。
【参考2】
唐揚げの一種に「竜田揚げ」というのがある。WIKIによれば、唐揚げという言葉が食材、下味、粉の種類を問わず使われるのに対し、竜田揚げの方は、肉などを醤油やみりんから作ったタレに漬け込んで下味をつけて片栗粉のみで揚げるものを指す。僕が今回作ったものは竜田揚げに近い。
回鍋肉と麻婆豆腐 [自炊研究]
回鍋肉と麻婆豆腐は、どちらも甜麺醤(注1)を使う料理である。レシピ本に載っている通りに作ると、どちらもそこそこ美味しく出来上がってしまう。特別難しいところもなかったので、レシピは省略する。
回鍋肉↓

麻婆豆腐↓

こういう料理は、味の素のCook Doみたいな市販の合わせ調味料を使わないと作れないのかと思い込んでいたが、そうでもない。むしろ、いろんな調味料を混ぜ合わせて、一から作った方が新しい発見があって楽しい。面倒なら合わせ調味料を使えばいいが、こういうのは、もともと忙しい主婦が、簡単に美味しい料理が作れるように開発されたものである。初心者は使わない方がいいと思う。
さて。実は麻婆豆腐を作るときに一回失敗した。レシピでは豆腐は木綿豆腐を使うように指定されていたが、何も考えずに絹豆腐を使った。そしたら味が異様に薄くなってしまった。どうやら豆腐から水分が出たらしい。そこで、絹豆腐をもう一度使って、今度は、パックから出して1日かけて水を切ってから使ってみた。そしたら美味しくなった。
要するに木綿と絹では、木綿の方が水分が少ないということである。参考までに、両者の違いを調べてみたら衝撃の事実を知ってしまった。豆乳ににがりを加えて固めたものを、絹豆腐という。出来上がった絹豆腐を砕いて、容器の中に入れて、木綿の布をフィルターにして水分を適度に逃がし、重みを加えて固めたものを木綿豆腐という。木綿の模様がついているのはそのためである。
大豆を煮て豆乳を絞りだすときに漉す工程がある(搾りかすを「おから」という)が、これは木綿も絹も共通である。この後工程では、「漉す」という工程は、木綿豆腐には上記の通り有り、絹豆腐には無い。絹と言うのは、見た目や食感が滑らかだからそのように呼ばれている。
つまり「絹ごし」という言葉は、「綿ごし」から連想された誤用だったのだ。いままでずっと知らなかった。木綿豆腐、絹豆腐という言い方ならなんの問題もない。
***
(注1)甜麺醤というのは、日本語で”てんめんじゃん”と呼ばれている中華の甘味噌である。中国のオリジナルのものは小麦からつくるが、日本で流通しているものは、八丁味噌に糖類やごま油を加えて作られることが多いらしい。ならば甜麺醤のかわりに、八丁味噌を使って回鍋肉や麻婆豆腐を作るレシピがあっても良いかもしれない。(甜麺醤は結構高価なので)これは後の研究テーマになりそう。
回鍋肉↓

麻婆豆腐↓

こういう料理は、味の素のCook Doみたいな市販の合わせ調味料を使わないと作れないのかと思い込んでいたが、そうでもない。むしろ、いろんな調味料を混ぜ合わせて、一から作った方が新しい発見があって楽しい。面倒なら合わせ調味料を使えばいいが、こういうのは、もともと忙しい主婦が、簡単に美味しい料理が作れるように開発されたものである。初心者は使わない方がいいと思う。
さて。実は麻婆豆腐を作るときに一回失敗した。レシピでは豆腐は木綿豆腐を使うように指定されていたが、何も考えずに絹豆腐を使った。そしたら味が異様に薄くなってしまった。どうやら豆腐から水分が出たらしい。そこで、絹豆腐をもう一度使って、今度は、パックから出して1日かけて水を切ってから使ってみた。そしたら美味しくなった。
要するに木綿と絹では、木綿の方が水分が少ないということである。参考までに、両者の違いを調べてみたら衝撃の事実を知ってしまった。豆乳ににがりを加えて固めたものを、絹豆腐という。出来上がった絹豆腐を砕いて、容器の中に入れて、木綿の布をフィルターにして水分を適度に逃がし、重みを加えて固めたものを木綿豆腐という。木綿の模様がついているのはそのためである。
大豆を煮て豆乳を絞りだすときに漉す工程がある(搾りかすを「おから」という)が、これは木綿も絹も共通である。この後工程では、「漉す」という工程は、木綿豆腐には上記の通り有り、絹豆腐には無い。絹と言うのは、見た目や食感が滑らかだからそのように呼ばれている。
つまり「絹ごし」という言葉は、「綿ごし」から連想された誤用だったのだ。いままでずっと知らなかった。木綿豆腐、絹豆腐という言い方ならなんの問題もない。
***
(注1)甜麺醤というのは、日本語で”てんめんじゃん”と呼ばれている中華の甘味噌である。中国のオリジナルのものは小麦からつくるが、日本で流通しているものは、八丁味噌に糖類やごま油を加えて作られることが多いらしい。ならば甜麺醤のかわりに、八丁味噌を使って回鍋肉や麻婆豆腐を作るレシピがあっても良いかもしれない。(甜麺醤は結構高価なので)これは後の研究テーマになりそう。
M田屋のカレーの謎 [自炊研究]
僕の頭の片隅にある記憶の断片を一つ紹介する。子供の頃、僕は千葉県市原市のGという町に住んでいて、この町の商店街のほぼ真ん中に「M田屋」という小さな食堂があった。ラーメン屋でもない。レストランでもない。食堂である。このように名乗る店も最近は珍しくなった。
子供の頃、町に出掛けたときの食事はこの店が多かった。そして、よくカレーライスを注文した。この店のカレーには特徴があった。それは色。異常に鮮やかな黄色だった。クラスの友達とも噂した。「M田屋のカレーって、なんであんなに黄色いんだろう」
「あんなに黄色い」というのは奇妙な日本語で、正しくは「あんなに鮮やかな黄色」という意味である。あえて表現するならレモンイエローだった。そんな色のカレーを出す店は、僕の知る限り、どこにも無かった。なぜ、この店のカレーだけが、そういう色をしているのか、その疑問は結局解決しないままだった。(そもそも解決しようなんて情熱はなかったし)でも最近、自分が料理を始めて以来、「あのカレーの謎を解きたい」と思い始めた。
母に電話をして話を聞いた。母はG町で生まれ育ち、しかも住み続けて76年のツワモノである。町の事情には詳しい。しかも京葉工業地帯の市原エリアにある某大手石油会社「出○興○」(千葉製油所)の社員食堂に定年まで勤務して、ひたすら社員のメシを作り続けた調理師である。料理のことなら詳しいのだ。母に聞いた話を総合すると下記の通りだった。
*****
「M田屋はGの町に昔からあったんだよ。でも、以前(=1976年頃)イトーヨーカドーができてからは、これの5階のレストランフロアに入って店をやってた。最近(=2010年)イトーヨーカドーが閉店して、それからまた、元々有った場所に戻ってやりはじめたんだよ。私(=母)よりも学年で2つ上の人が主で、同級生の○○ちゃん(=母の友達)と二人で切り盛りしているみたい」
(さすが!町の歴史の生き証人!)
「この食堂でカレーを食べた覚えはないけど、40年も前のことなら、作っていたのは、おそらく今の主の先代(父親か母親か)だよ。あの時代の料理人が作っていたカレーなら、たぶん既成品のルーは使わずに、小麦粉とカレー粉からオリジナルのルーを作っていたと思う」
(ふむふむ)
「小麦粉をバターと一緒にフライパンで炒める。そしてカレー粉を加える。小麦粉を入れるのはとろみをつけるためで、炒るのは粉臭さを消すため。炒った小麦粉は茶色っぽくなる。炒るにはそれなりに時間がかかるけど、横着をして時間をかけずに済ませると小麦粉が白いままなので、色は明るい黄色になるんじゃないだろうか。今のカレーと比べたらそんなに美味しくなかったんじゃない?」
(へ~~ そうなんだ)
「今は昔と違っていろんな会社から美味しいルーがたくさん出ているのだから、昔の作り方なんかする必要ないよ。そんなの作るのやめときな」
(いや、そういう問題じゃないんだよ)
どうも、うちの母は効率の悪い作り方は嫌いらしい。さすが、もと社員食堂のおばさんである。趣味の料理とプロの料理の、思想の違いが浮き彫りになった。
*****************
ということで作ってみた。S&Bのカレー粉の缶にレシピが書いてある。まず小麦粉とカレー粉をどんぶりに入れて混ぜて、どんな色になるかを調べてみた。この時点では、さほど鮮やかな色にはならないようだ。

さて、横着をして小麦粉を炒る時間をとらない場合。上記をバターと絡めてすぐに火を止めた。粘土みたいなルーができた。

このルーで作った完成品は、たしかに色は明るい黄色である。味の方は結構旨い。なんか昔、給食とかで食べたような懐かしい味だった。でもM田屋のカレーはもっと鮮やかな色だったような気がする。40年もの時間経過によって記憶が誇張されているのだろうか。

次に、時間をかけて炒った場合。かなり色が暗くなり、現代の一般的なカレーに近い。ただし食べてみたら苦味があってあんまり美味しくない。色の黒いのは小麦粉を焦がしてしまったらしい。こっちは残念な結果に終わった。

M田屋の先代は、小麦粉を焦がすリスクを考え、ここにあまり時間をかけない方がよいと判断して明るい色のカレーになっていたのではないだろうか。ちなみに当時の僕にとって、それは十分に美味しいカレーだった。
****************
G町の昔のことを知っていそうな人物としてIA子を思い出したのでメールしてみた。こちらはこちらで、生まれてから嫁に行くまでG駅のすぐ近くに住み続けたツワモノである。当然、M田屋のカレーのことを知っていると思ったが・・・。残念ながら知らないという。でも自分の母親や妹にその話題を振ってくれた。こちらの二人によればM田屋のカレーは記憶にないが、他の店にも昔は妙に黄色っぽいカレーがあって、ソースや醤油をかけて食べた記憶があるとのこと。
そういえば、カレーにソースをかけて食べるってのは、以前は普通にやっていた。ようするに香りや味に物足りない部分があったということであろう。今、そんなことをする人はいないと思う。そもそも自分自身がやろうと思わない。そんなことをしなくても今のカレーは十分に美味しい。
IA子に「昔のM田屋みたいにやたら黄色くて、しかも美味しいカレーを作って、レシピを教えてくれ」と頼んだらトライしてくれた。にんにく、生姜、ローリエ、ブイヨン、コンソメ、リンゴ、ガラムマサラ。美味しくするために考えられることはすべてやったという感じのレシピと、実物の写メが送られてきた。味は相当美味しくて、息子が喜んで食べたそうである。また作りたいと言っていた。僕も近々このレシピを試してみようと思う。
子供の頃、町に出掛けたときの食事はこの店が多かった。そして、よくカレーライスを注文した。この店のカレーには特徴があった。それは色。異常に鮮やかな黄色だった。クラスの友達とも噂した。「M田屋のカレーって、なんであんなに黄色いんだろう」
「あんなに黄色い」というのは奇妙な日本語で、正しくは「あんなに鮮やかな黄色」という意味である。あえて表現するならレモンイエローだった。そんな色のカレーを出す店は、僕の知る限り、どこにも無かった。なぜ、この店のカレーだけが、そういう色をしているのか、その疑問は結局解決しないままだった。(そもそも解決しようなんて情熱はなかったし)でも最近、自分が料理を始めて以来、「あのカレーの謎を解きたい」と思い始めた。
母に電話をして話を聞いた。母はG町で生まれ育ち、しかも住み続けて76年のツワモノである。町の事情には詳しい。しかも京葉工業地帯の市原エリアにある某大手石油会社「出○興○」(千葉製油所)の社員食堂に定年まで勤務して、ひたすら社員のメシを作り続けた調理師である。料理のことなら詳しいのだ。母に聞いた話を総合すると下記の通りだった。
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「M田屋はGの町に昔からあったんだよ。でも、以前(=1976年頃)イトーヨーカドーができてからは、これの5階のレストランフロアに入って店をやってた。最近(=2010年)イトーヨーカドーが閉店して、それからまた、元々有った場所に戻ってやりはじめたんだよ。私(=母)よりも学年で2つ上の人が主で、同級生の○○ちゃん(=母の友達)と二人で切り盛りしているみたい」
(さすが!町の歴史の生き証人!)
「この食堂でカレーを食べた覚えはないけど、40年も前のことなら、作っていたのは、おそらく今の主の先代(父親か母親か)だよ。あの時代の料理人が作っていたカレーなら、たぶん既成品のルーは使わずに、小麦粉とカレー粉からオリジナルのルーを作っていたと思う」
(ふむふむ)
「小麦粉をバターと一緒にフライパンで炒める。そしてカレー粉を加える。小麦粉を入れるのはとろみをつけるためで、炒るのは粉臭さを消すため。炒った小麦粉は茶色っぽくなる。炒るにはそれなりに時間がかかるけど、横着をして時間をかけずに済ませると小麦粉が白いままなので、色は明るい黄色になるんじゃないだろうか。今のカレーと比べたらそんなに美味しくなかったんじゃない?」
(へ~~ そうなんだ)
「今は昔と違っていろんな会社から美味しいルーがたくさん出ているのだから、昔の作り方なんかする必要ないよ。そんなの作るのやめときな」
(いや、そういう問題じゃないんだよ)
どうも、うちの母は効率の悪い作り方は嫌いらしい。さすが、もと社員食堂のおばさんである。趣味の料理とプロの料理の、思想の違いが浮き彫りになった。
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ということで作ってみた。S&Bのカレー粉の缶にレシピが書いてある。まず小麦粉とカレー粉をどんぶりに入れて混ぜて、どんな色になるかを調べてみた。この時点では、さほど鮮やかな色にはならないようだ。

さて、横着をして小麦粉を炒る時間をとらない場合。上記をバターと絡めてすぐに火を止めた。粘土みたいなルーができた。

このルーで作った完成品は、たしかに色は明るい黄色である。味の方は結構旨い。なんか昔、給食とかで食べたような懐かしい味だった。でもM田屋のカレーはもっと鮮やかな色だったような気がする。40年もの時間経過によって記憶が誇張されているのだろうか。

次に、時間をかけて炒った場合。かなり色が暗くなり、現代の一般的なカレーに近い。ただし食べてみたら苦味があってあんまり美味しくない。色の黒いのは小麦粉を焦がしてしまったらしい。こっちは残念な結果に終わった。

M田屋の先代は、小麦粉を焦がすリスクを考え、ここにあまり時間をかけない方がよいと判断して明るい色のカレーになっていたのではないだろうか。ちなみに当時の僕にとって、それは十分に美味しいカレーだった。
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G町の昔のことを知っていそうな人物としてIA子を思い出したのでメールしてみた。こちらはこちらで、生まれてから嫁に行くまでG駅のすぐ近くに住み続けたツワモノである。当然、M田屋のカレーのことを知っていると思ったが・・・。残念ながら知らないという。でも自分の母親や妹にその話題を振ってくれた。こちらの二人によればM田屋のカレーは記憶にないが、他の店にも昔は妙に黄色っぽいカレーがあって、ソースや醤油をかけて食べた記憶があるとのこと。
そういえば、カレーにソースをかけて食べるってのは、以前は普通にやっていた。ようするに香りや味に物足りない部分があったということであろう。今、そんなことをする人はいないと思う。そもそも自分自身がやろうと思わない。そんなことをしなくても今のカレーは十分に美味しい。
IA子に「昔のM田屋みたいにやたら黄色くて、しかも美味しいカレーを作って、レシピを教えてくれ」と頼んだらトライしてくれた。にんにく、生姜、ローリエ、ブイヨン、コンソメ、リンゴ、ガラムマサラ。美味しくするために考えられることはすべてやったという感じのレシピと、実物の写メが送られてきた。味は相当美味しくて、息子が喜んで食べたそうである。また作りたいと言っていた。僕も近々このレシピを試してみようと思う。
「丸鶏がらスープ」で作る拉麺と炒飯 [自炊研究]
ラーメンとチャーハンは、僕が帰宅途中に、食堂にトラップされて注文するメニューの定番である。こういうのこそ、作れるようにならないといけない。
■ラーメン
スーパーでラーメンの生麺を買って家に帰り、開けてみて気づいた。スープがついていない。生麺には必ずスープが付いているのだと思い込んでいた。そのときは、そこにあったインスタントラーメンの粉スープを入れて済ませたが、ではそのインスタント麺をどうすればいいのか。確かラーメンのスープを作れる調味料があったよな、と思いネットで探して、出てきたのが、味の素からでている「丸鶏がらスープ」。粉末の調味料である。
水300cc、「丸鶏がらスープ」を小さじ2、醤油を大さじ2、これだけ混ぜれば美味しいラーメンスープの完成である。簡単!あとは生麺をゆでてスープに入れ、チャーシュー、メンマ、なると、薬味ねぎをトッピングして完成。ちゃんとしたラーメンが食べられる。おそらくこれが基礎になって広東麺とか坦々麺とかに広げていけるのだと思う。

■チャーハン
「丸鶏がらスープ」をチャーハンに入れると、お店で食べるような本格的なチャーハンになる。
ねぎ適量、チャーシュー適量、なると適量をフライパンで炒める。ご飯1合に生タマゴ1個を絡めてフライパンに入れ、一緒に炒める。塩こしょうで味をつけたら、「丸鶏がらスープ」を小さじ一杯。味見してみたら・・・。旨い!!! これはまるで、お店で食べるチャーハンではないか! こんな簡単に旨いものが、自分で作れるなんて。感動。
■ラーメン
スーパーでラーメンの生麺を買って家に帰り、開けてみて気づいた。スープがついていない。生麺には必ずスープが付いているのだと思い込んでいた。そのときは、そこにあったインスタントラーメンの粉スープを入れて済ませたが、ではそのインスタント麺をどうすればいいのか。確かラーメンのスープを作れる調味料があったよな、と思いネットで探して、出てきたのが、味の素からでている「丸鶏がらスープ」。粉末の調味料である。
水300cc、「丸鶏がらスープ」を小さじ2、醤油を大さじ2、これだけ混ぜれば美味しいラーメンスープの完成である。簡単!あとは生麺をゆでてスープに入れ、チャーシュー、メンマ、なると、薬味ねぎをトッピングして完成。ちゃんとしたラーメンが食べられる。おそらくこれが基礎になって広東麺とか坦々麺とかに広げていけるのだと思う。

■チャーハン
「丸鶏がらスープ」をチャーハンに入れると、お店で食べるような本格的なチャーハンになる。
ねぎ適量、チャーシュー適量、なると適量をフライパンで炒める。ご飯1合に生タマゴ1個を絡めてフライパンに入れ、一緒に炒める。塩こしょうで味をつけたら、「丸鶏がらスープ」を小さじ一杯。味見してみたら・・・。旨い!!! これはまるで、お店で食べるチャーハンではないか! こんな簡単に旨いものが、自分で作れるなんて。感動。
ひぐらし標準弁当の危機 [自炊研究]
下の写真は先月の記事に書いた「ひぐらし標準弁当」である。

ご飯・・・ ご飯0.5合に青海苔、梅干、たくあん
おかず・・・ブロッコリー、ミニトマト、卵焼き、肉だんご
「あら美味しそう!」なんて声が聞こえて来そうである。実際、食べてみれば悪くない。しかし問題があるのだ。
なんと、この弁当を、ほとんど内容が変わらないまま、1ヶ月に渡って食べ続けたのである。もううんざりだ。「いいかげんにしろよ」と文句を言いたくなるが、作っているのは僕自身なので、どうにもならない。
こうやって考えると、家庭の主婦というのは偉大である。例えばうちの母は、僕が高校生の頃、3年間、僕の弁当を作り続けた。弁当だけではない。家の食事は結婚して主婦になって以来ずっとである。どこの家庭も同じであろう。すごいものだ。
趣味でやる料理と、主婦業としての料理は違う。趣味の料理は好きなものを好きなように作ればいい。でも主婦業の料理は毎日だから、そこに100%のパワーを注いでいたら、疲れてしまう。主婦業としての料理には、「いかに要領よく手抜きをするか」だってノウハウとしてあるのだと思う。
さて、振り返って自分のこと。ちょっと、弁当にも変化が必要だ。このままでは社員食堂に戻ってしまいそう。大ピンチである。この危機をどうやって切り抜けようか。

ご飯・・・ ご飯0.5合に青海苔、梅干、たくあん
おかず・・・ブロッコリー、ミニトマト、卵焼き、肉だんご
「あら美味しそう!」なんて声が聞こえて来そうである。実際、食べてみれば悪くない。しかし問題があるのだ。
なんと、この弁当を、ほとんど内容が変わらないまま、1ヶ月に渡って食べ続けたのである。もううんざりだ。「いいかげんにしろよ」と文句を言いたくなるが、作っているのは僕自身なので、どうにもならない。
こうやって考えると、家庭の主婦というのは偉大である。例えばうちの母は、僕が高校生の頃、3年間、僕の弁当を作り続けた。弁当だけではない。家の食事は結婚して主婦になって以来ずっとである。どこの家庭も同じであろう。すごいものだ。
趣味でやる料理と、主婦業としての料理は違う。趣味の料理は好きなものを好きなように作ればいい。でも主婦業の料理は毎日だから、そこに100%のパワーを注いでいたら、疲れてしまう。主婦業としての料理には、「いかに要領よく手抜きをするか」だってノウハウとしてあるのだと思う。
さて、振り返って自分のこと。ちょっと、弁当にも変化が必要だ。このままでは社員食堂に戻ってしまいそう。大ピンチである。この危機をどうやって切り抜けようか。
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